第33話 勇気 ②

 気分は異常なまでに高揚し、根拠のない万能感に支配されている。

 この時ばかりは、それがカイトの助けとなった。

 死の恐怖を無視して巨人の懐に飛び込む。体格の差が大きすぎる故に、死角もまた大きい。闇色の拳はカイトに触れることなく、固い地面を打ち砕いた。


「おらよ!」


 剣の切っ先を巨人の胴体に突き放つ。意外と柔らかい。刃渡りの半分まで潜り込んだところで、カイトは身の危険を感じて巨人の股の下を転がり抜けた。

 反撃を警戒しての回避行動のつもりだったが、そう上手くはいかない。巨大な足裏がカイトを強かに蹴り飛ばす。


 宙を舞い、木に叩きつけられ、地に落ちる。呼吸ができない。鈍い痛みが全身に染みわたる。右の二の腕と、肋骨の何本かが確実に折れている。もう剣は握れない。


「はは。痛ってぇ」


 渇いた声。それでもカイトは、擦り傷だらけの顔で楽しそうに笑っていた。 


「どうだ? 数秒はもっただろ」


「そーね」


 巨人の上で膝を組むソーニャは、どことなく不満そうだ。


「ちぇー。一発で終わらせるつもりだったのにー」


「そう、上手く……いくかってんだ」


 カイトの息は絶え絶えだった。全身を襲う疲労と苦痛。実感としての死が、ほんのすぐそばに迫っている。

 なのにどうしてか、不思議なほど清々しい気分だ。


「しょーがないわねーもう」


 巨人の手がカイトを掴みあげる。痛みが声となった。持ち上げられたカイトの目線の位置が、ちょうどソーニャと同じ高さになる。


「約束だからね。ちゃんとご褒美をあげるわ。ほら」


 ソーニャに頭を撫でられ、カイトは複雑な気分になった。子どもじゃないんだ。自分より幼げな女の子にそんな褒め方をされても嬉しくない。

 いきなりだった。ソーニャの美貌が、息が触れるくらいの距離まで近付く。手袋に包まれた両手が、カイトの頬を優しく挟み込んだ。


「頑張った子には、サービスしちゃう」


 妖艶な微笑みが見えたのも一瞬。彼女は強引にカイトの唇を奪った。

 当然カイトは驚く。戸惑う。何が起こったかわからない。


 小さな舌が口内を這い回る。余すところなく隅々までを貪るような、それはまるで蹂躙だった。舌と舌が絡み合い、混ざった唾液がお互いの唇を濡らし、凶悪なまでの快感をもたらす。

 ソーニャが漏らす艶めかしい吐息。その一つ一つが興奮を促し、鼓動を加速させる。頭に血が上っている。視界はぼやけ、意識が朦朧とし始めた。


 継続して与えられる悪魔的な快楽。思春期の只中にある初心な少年に抗う術などない。

 徐々に思考は混濁し、快楽に身を委ねてしまいそうになる。

 それがいけなかったのか。

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