第20話 幕間 一

 いつのことだったか。


 灰一色の大地の上で、カイトは退屈そうに胡坐をかいていた。

 すぐ前で少女が正座を組み、カイトをじっと見つめている。

 頭上には澄み渡るような青空が広がっていた。雲はまだない。


「空か」


「空」


 記憶の中にある空と、何ら変わらぬ晴天だ。大きく息を吸ってみると、匂いもないのに郷愁を感じずにいられない。

 少女も天を仰いでいた。彼女はどことなく微笑んでいるような、やっぱり変わらず無表情のような。とにかく、カイトには判断しかねる微妙な面持ちである。


「そういえば、女神様」


「なに?」


「あんたって名前あるの?」


 しばらく共に過ごしてきたが、名前を尋ねるのはこれが初めてだ。


「いつまでも女神様じゃ、不便っていうか。なんか、距離感がわかり辛いんだよな」


 少女は膝の上に両手を置いたまま微動だにせず、闇色の瞳を何度か瞬きさせた。

 今ならばわかる。彼女がこういった仕草をする時は、何か思案を巡らせているのだ。名前を訊かれたことは、彼女にとっても想定外の出来事だったのだろう。


「好きに呼んでかまわない」


 しばらくの沈黙の後、少女は普段と同じ声調で呟いた。


「好きにったって」


「名前なんて必要なかったから」


「そうだろうけどさ」


 ぶっきらぼうに言いながら、カイトはなんとなく嬉しい気分になっていた。

 二人きりの世界ではカイトだけが少女の名を呼ぶ。それはつまり、名付けを委ねられたことを意味している。そして、彼女の名を独り占めにできるということでもある。


「ちょっと、考えとく」


 カイトはその決断を後回しにした。日和ったわけではない。名前をつけるという行為には、不可侵で聖なる意義があると、そう思うのだ。


 今はまず、目の前のやるべきことに集中しよう。

 この世界と、真摯に向き合うことを決めたのだから。

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