第69話一八二七年、責任回避
「残念ながら尾張公、東照神君の御告げはありません。
ここは幕閣の方々に決めていただくほかありません」
俺は腹を括った、というか、流れに任せることにした。
凡才の俺が、父上と御爺様が決めた流れに逆らってもろくな事はない。
下手をしたら親子で殺し合いになってしまう。
そんな事は絶対に嫌だ。
「巫覡殿も大老参与で幕閣の一員ではないか。
東照神君の御告げがないのなら、是非とも巫覡殿の考えを聞かせてくれ」
父上も無茶を言ってくれる。
父上も御爺様も、俺に家慶を指名させたいのだ。
俺に将軍を選ぶだけの権威があると、三百諸侯や幕臣に示したいのだ。
だがそんな事はごめんだ。
俺が徳川家慶を指名して、家慶が失政したら、全部俺に責任になってしまう。
他人が冒した失敗をの責任をとらされるなんて、絶対に嫌だ。
「私に意見などありません。
東照神君の御告げを伝える私が、無暗に意見を口にする事は許されません。
それに私は病気療養のために大老参与を辞めさせていただきました。
もう幕閣の一員ではありません」
「そうはいかないのだよ、巫覡殿。
公方様は巫覡殿の辞任を認めておられない。
だから今でも巫覡殿は大老参与なのだよ。
評定に無理矢理参加する事もないし、老中奉書に署名する必要もないが、大老参与の座からひく事はできないのだよ」
困った父上である。
将軍の後見人である立場を保持し、将軍を操れと言いたいのか。
確かにその方が色々と遣り易いが、その分恨みも買ってしまうのだ。
今回はもう十分恨みを買い妬まれているのだ。
これ以上敵意を持たれるのは命にかかわる。
「大老参与の御役を辞められないのは分かりました。
ですが、次期将軍に対する意見を口にするわけにはいきません。
天下のため徳川家のため、間違ったことを口にして、東照神君から巫覡の御役目を外されるわけにはいかないのです。
次期将軍家を誰にするかは、尾張公と幕閣の方々で決めてください」
「分かり申した、巫覡殿の申されることはもっともだ。
確かに異国が攻め寄せてくるかもしれない時に、東照神君の御告げを失うわけにはいかんな。
十二代様は我ら幕閣と公方様が話し合って決めよう。
だが、これからの御政道は、困難を極める異国との対応もせねばならぬから、巫覡殿にも手伝ってもらわねばならぬ。
引き続き幕閣に加わってもらわなければならぬぞ」
「そうじゃのう。
そうしてもらわねば、十二代様も天下の舵取りに困ってしまわれる。
東照神君の御告げを伝える巫覡として、確固たる地位が必要じゃ。
これからも幕府の重要な役目についてもらわねば困る」
本当に困った父上と御爺様だ。
絶対に何か画策している。
それが何か分からないから、迂闊に返事したくないのだが、乱心を思わせる異様な眼つきと表情をされては、とても断れない。
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