第47話一八二七年、徳川家斉の嫌味

「巫覡殿、出羽守は老中を罷免する。

 だから怒りを解いてくれぬか」


 俺は強引に徳川家斉に謁見を要求した。

 当然だが、俺の後ろには父上と祖父がいてくれる。

 まだ幼い俺には、殿中で粗相をしないように、後見人が必要だと言い張って、常に父上と祖父に同行してもらっているのだ。

 実の父親と祖父という意識は希薄だが、それでも、とても心強いのは間違いない。


「では、今回の件は上様の御考えではないのですね。

 全て御老中の独断専行なのですね」


「うむ、その通りだ。

 だから出羽守は老中を罷免する。

 だが、よくよく考えれば、出羽守の申す事ももっともじゃ。

 その件について、東照神君からの御告げはないか、巫覡殿」


 むかつく奴だ。

 徳川家基公の祟りと東照神君の神罰の恐怖から解放され、正気を取り戻し始めたのかもしれない。

 今後の言動を気をつけるべきだが、実際どうだろう。


 腐敗堕落した軟弱な旗本八万騎と、貧困と幕府への恨み辛みの中でひたすら己を鍛えて示現流を体得した元薩摩藩士五万兵。

 江戸城下で戦をおこしたら、江戸城を落として勝てるだろうか。

 そんな成功確率の分からない危険な賭けはしないが、つい想像してしまう。

 まあ、そんな事よりも現実の対処をしなければいけないな。


「この件に関しましては、東照神君からの御告げはございません。

 全ては上様の御決断によるところでございます。

 私が東照神君から御受けした御告げは、薩摩藩が幕府の御法を破っているという事だけでございます。

 それにどう対処されるかは、上様の御考え次第でございます。

 それに関しては、以前にも御伝え申し上げたはずでございます。

 それに対して上様は、島津家にも薩摩藩士にも情かけろと申されました。

 私はそれに応えて精一杯の事をさせていただきました。

 それが上様の御心に沿わないと申されるのでしたら、東照神君には申し訳ない事でございますが、これからの御告げは御伝えせず、屋敷に引きこもりましょう。

 何でしたら、松前領で蟄居いたします。

 元薩摩藩の者達は召し放ちますので、情けをかけろと申された上様自身が、召し抱えられるなり、討ち取るなりされればいいでしょう。

 彼らが上様に忠義を尽くすのか、島津家を処分された上様を恨み、千代田の御城に攻めかかるのか、全ては上様の威厳と品格次第でございましょう。

 では、私は上様の命に従って、彼らに召し放ちを伝えてまいります」


「まて、待ってくれ巫覡殿。

 余はそのような事は申しておらん。

 巫覡殿や東照神君の御告げを疑ったわけではないのだ。

 どうか今しばらく話をさせてくれ。

 東照神君の御告げでなくて構わん。

 巫覡殿の考えを教えてくれ」

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