第4話一八二三年、種痘と地震

「父上、また東照神君の御告げがありました」


「なに、また御告げがあったのか。

 今度は何事じゃ。

 異国が攻め寄せてくるのか、それとも疫病が流行るのか」


 父上にとっては、異国が攻め込んで来る事と疫病の事が一番心配なのだ。

 俺もそうだから、毎回父上が同じ質問をしてくるのもしかたがない。

 いや、これは俺の所為だな。

 父上に異国が攻めてくる疫病が流行ると脅かしたのは俺だ。


「はい、でも今直ぐ流行るという訳ではありません。

 東照神君の御告げでは、天然痘に勝つ方法が異国にはあるそうです。

 そのための手法が、既に伝わっているそうです。

 父上に話す前に、その方法を確かめました。

 問題はそれを全ての民に行う方法です。

 東照神君の御告げを聞く事のできる巫覡だと評判になっている私なら、藩の垣根を超えて広められると思うのです」


「うううむ。

 確かに今の源之助ならば可能かもしれない」


 これもネット小説を書くときに得た知識だが、日本にはシーボルト以前から種痘が伝わっていた。

 一七八九年には、秋月藩の藩医だった緒方春朔が、大庄屋天野甚左衛門の子供達に人痘法で接種し成功させている。


 ロシアに拉致された中川五郎治は、一八一〇年に帰国して牛痘を用いた種痘法を伝えており、彼の入手した種痘書は一八二〇年に幕府の訳官馬場佐十郎によって和訳されている。


 俺は上様に御願いして、その和訳書を手に入れ、読んで確かめているのだ。

 俺の名声は天下に広まっており、少々の無理は通るようになっている。

 経口補水液によるコレラ対策で最初の名声を得て、新生児の解毒剤と初乳の事で更なる名声を得ている。

 

 人体実験になってしまったが、幕府の命令で小石川養生所と小普請医師や寄合医師が、庶民の出産と新生児を調べ、明らかに高貴な家よりも周産期死亡率が低い事を報告してたのだ。

 解毒剤を中止し初乳を飲ませる事で、上様の子供が死ななければ、俺の名声は更に輝くだろう。


 だが問題もある。

 将軍の地位を狙う者が、暗殺を仕掛ける事だ。

 医療上正しい対応をしても、毒を盛られてはどうしようもない。

 その点は率直に上様に話しているから、大丈夫だとは思うのだが……

 この事は考えすぎてもしかたがない。

 俺にできる事を精一杯するだけだ。


 種痘に関する問題は、一八五八年に伊東玄朴らが種痘所を開設するまで、多くの人が種痘を行っても日本には根付かなかった事だ。

 牛から種を得る事が嫌われた理由なら、絶大な信用信頼がある者が広めない限り、種痘を日本に根付かせる事はできない。


 だが今の俺ならやれると思う。

 俺の手足になってくれている、越中富山の薬売り達は、長年薬を家に届け健康相談を受けてきたから、多くの人から絶大な信頼を得ている。

 経口補水液と新生児対応で、俺の名声は漢方医と蘭方医の垣根を超えている

 俺の名を使い、彼らに動いてもらえば、三十年以上早く日本に種痘を根付かせる事ができるとおもうのだ。


 問題は牛痘苗の入手方法だが、確かシーボルトが持っているはずだ。

 シーボルトが来日しているか確かめ、いるなら直ぐに手に入れよう。

 後は陸中岩手山 周辺の大地震だ。

 色々な仮想戦記を書くときに調べた災害記録では、今年大地震があるはずだ。

 それと、確か今年江戸城で刃傷事件が起こるはずだ。

 西ノ丸書院番の松平外記という旗本が、先輩に度重なる悪質な虐めに激怒して、五人を死傷させ、事件を隠蔽しようとしたのが露見して、大粛清があったはずだ。

 これらも東照神君の御告げとして上様に伝えよう。

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