第3話一八二三年、出産新生児対策

「父上、また東照神君の御告げがありました」


「なに、また御告げがあったのか。

 今度は何事じゃ。

 異国が攻め寄せてくるのか、それとも疫病が流行るのか」


 父上が真剣な表情をされている。

 まあそれも仕方がない事だろう。

 俺がコレラの対処療法で経口補水液を広めたことで、東照神君の御告げを聞く事のできる巫覡だと評判になっているのだ。


 その影響で多くの藩主や世継ぎから対面の申し込みがあった。

 実際に会ってみて、まだ数え年三歳や四歳の子供でしかない俺が、大人と対等に話す事に驚愕していた。

 特に幕閣や上様との対面では、畏怖と警戒心が露だった。

 正直処罰されるのではないかと不安になってしまった。


 だが運よく暗殺対象にはされなかった。

 それどころか、新たな御告げがあれば、何を差し置いても江戸城に登城して知らせるように言われてしまった。

 幕末の事件の正確な年数を覚えていないので、正確な御告げは無理なので、正直大事件が起こってしまった時が怖い。


 だが、どうしようもない事を思い悩んでいても仕方がない。

 一つ一つやれることをするしかない。

 今の俺にできるのは、来年に生まれるであろう弟を無事に誕生させる事だ。

 ウェブ小説を書く時に調べた、江戸時代の出産と新生児の扱いが酷過ぎるのだ。


「生まれた子供に解毒剤を飲ませるのは止めてください」


「ふむ、何の事じゃ」


 三万石の藩主である父上が、出産や新生児の扱いなど知るはずもない。

 だから事細かに説明し、改めてもらう事にした。

 この時代の常識では、出産直後の新生児の体色や羊水から誤解して、新生児が胎毒を飲んでしまっていると考え、下剤を飲ませて毒を輩出させようとしていた。


 とんでもない新生児虐待である。

 新生児に強い下剤を飲ませるなんて、殺そうとしているに等しい。

 新生児に飲ませる解毒剤と呼ばれる下剤の量は、とても繊細な匙加減だったそうだが、はっきり言って江戸時代より前の周産期死亡率の高さは、これが原因なのかと思ってしまったほどだ。


 それと、初乳を飲ませる事の大切さだ。

 この時代の高貴な女性は、子供に自分の乳を与えず、乳母の乳で育てていた。

 俺は初乳が新生児に必要な免疫力を与えると信じている。

 以前調べた、徳川家斉と徳川家慶の子供達の死亡率の高さは、将軍位争いの暗殺合戦や徳川家基の祟りだけではなく、下剤を飲ませる事や初乳を与えない事も一因だと思っている


 まあ、大嫌いな一橋治済の血筋など死に絶えてしまって構わないのだが、弟を見殺しにする事はできない。

 長弟は史実の徳川慶勝だから、何も手を打たなくても死なないと思うのだが、本来なら夭折しているはずの俺が生きている分、弟が死んでしまうかもしれない。

 だから全力で弟が無事に生まれるように準備する。


 問題はこの方法を将軍家にも伝えなければいけない事だ。

 悪意で受け取られたら、将軍家の子供が夭折した時に、解毒剤を飲ませなかったからだとか、実母の初乳を飲ませたからだとか、言い掛かりをつけられてしまう。

 ここは庶民の出産で何度も試し確認してから取り入れるように言わなければいけないだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る