24.「帝国とメイドの『因縁』。そして――"銀級勇者"の成れの果て。」

 そして、路地裏を出たユリティアは、深夜のフロリアの町を一人歩く。


 ――足元に散乱する、瓦礫ガレキや木片。そして夜の闇の中で、力なく点滅を繰り返す、ひしゃげたガス灯の灯り……。

 町に残る、魔物による破壊の跡の数々。しかしユリティアは、魔物の存在にすら意に介す素振りを見せず……ただ優雅に、町の中を進む。


(……露払いはあのしもべに任せるとして、まず私がやらなければならないのは、『敵の本丸』を見つける事。しかし……これなら、探すまでも無さそうですわね……)


 この魔物騒ぎ……間違いなく『帝国』が絡んでいることだろう。

 魔人であるユリティアにとって、『帝国』は宿敵と言っていい存在だった。


(……仇敵である『帝国』と、この地で合間見える事になるとは……。しかし、こちらとしては願ってもない事。この魔族の『波動』が、私を『敵』の元に導いてくれる事でしょう)


 ―― は、きっちり返させて頂きます。


 そしてユリティアは向かってくる魔物を一刀両断、斬り捨てると――メイド服のスカートを翻し、先へ進むのだった。



  ◇



 そして、しばらくして――足を止めたユリティアが、目の前の建物を見上げる。

 いびな魔族の波動を辿った先に待っていたのは、一軒のお屋敷だった。


 ――屋敷の敷地の中は、ひっそりと静まり返っている。

 一見、何の変哲も無い貴族の邸宅に見えるが…… この薄暗い闇の奥から陰惨な気配が漂ってくるのを、ユリティアは見逃さなかった。


(……成る程、ここですか。歪な魔族の波動を感じるのは……)


 そしてユリティアは、静かに門を押す。


 キキキキキ……という金属音と共に、門が開かれると――ユリティアは単身、屋敷の中へと入っていったのだった……。





 * * * * * *





 静謐せいひつな夜に、青白く輝く月の下で……。

 一人、地に伏せる男の姿があった。


 男は酷く衰弱しているように見えた。今にも死にそうな様相で――事実、普通なら死んでいてもおかしくないダメージを負っていた。

 しかし、今の彼には死ぬことさえ許されない。

 その原因は、彼の右腕にあった。


 ――突然現れた、色白の大男。

 その男によって植え付けられた、『新しい右腕』……。


 その『右腕』から蠢く触手が、切り落とされた切断面との癒着を始めていた。

 

 再び襲いかかる激痛。男の顔が、更に苦痛に歪む。

 彼の名は――"銀級勇者"ゼラス。



 ――俺は"銀級勇者"だと、あれ程威張り散らかしていた昼間の様相からは、想像できないほどの悲惨な末路であった……。



 それは、理不尽という名の暴力。彼の前に現れたのは、圧倒的な力を持つ『超越者』…… "銀級勇者"如きに甘んじる彼に、為す術は無かったのだ。

 力こそ"全て"――皮肉にも、彼の言葉の通りとなってしまったのである。


 ゼラスの『新しい右腕』、その手の甲が紅く光る。

 ――右手の甲に埋め込まれた異物。それは、真紅の宝玉の様なモノであった。

 どことなく、魔物が持つコアにも似ている……。


 移植された『人ならざるモノ』。人間の肉体が、全力で拒絶反応を示す。

 そしてその歪みは、によって現れたのである。


 ――全身を襲う、想像を絶する激痛。


 彼は灼熱地獄の中にいた。気絶する事すら許されない、煉獄の底の底……。


(があああああっ!!!!)


 それは、無音の絶叫であった。

 痛い・痛い・痛い・イタイ・イタイ――


 『人ならざるモノ』は、健全な神経にまで侵食していく。

 ――痛い、痛い、痛い! どうして俺が、こんな目に!

 俺以外の取るに足らない無能カスならともかく、この俺様が……!!!


 ――生まれながらにして、最高クラスの異能に恵まれた。弱冠十歳にして勇者となり、敵無しで銀級勇者に上り詰めた……。


 そうだ、俺は選ばれた人間なんだ!! 


 初めてダンジョンに潜った『あの時』だって……他の無能ゴミを身代わりにして、俺だけが生き残った!


 俺だけだ! 生き残るべきなのは!!

 なのに……なんでこの俺様が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ!


 ――ああああ!!! 痛え!!

 アイツが……そうだ、全部あのガキどもが俺の邪魔をしたのが悪いんだ!!!


 腕を見る。ドス黒く変色していた。

 肉体が、変異していく……。


 ――ああああ!!! 痛え!!ああ、痛てえ、痛てえ、痛てえ!!!


 いつ終わるんだ! なあ、この痛みはいつ終わるんだよお!!!


 そして――やがて男は、動かなくなった……。



  ◇



「……おぞましい姿ですわね」


 ――そして、ユリティアは屋敷の奥で静かに呟く。


 ユリティアの眼に宿るのは、嫌悪と、ほんの僅かばかりの憐憫。

 歪な魔族の波動を辿った先にあったモノ、それは――


 帝国が生み出した哀れなキメラ――姿


 それはもはや、人間であって人間では無い。

 "銀級勇者"の成れの果て……とも言うべきものだった……。



「これは、貴方の仕業ですか?」



 ――そしてユリティアは、廊下の向こうを見据えると、静かに訊ねるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る