22.「不思議の白兎を追いかけて。そして暗殺者は、『一軒の邸宅』へとたどり着く……」

 そして、少しして――


 ぴょんぴょんと、先頭を走る白兎ホワイトラビットを追いかけて――僕とギブリールの二人は、フロリアの裏道を駆け抜けていたのだった。


「ニャンニャニャーン♪」


 鼻歌を交えながら、軽快に前を走る、先導役の白兎。

 恐らくこの先に、ユリティアさんがいるのだろう。このまま行けば、フロリアの町の郊外か……貴族らの別荘が立ち並ぶ、閑静な住宅街が待っているハズだ。


 そんな所に、どうしてユリティアさんが……? だが今は、そんな事を考えている余裕などなかった。


 ――しかし、はやいっ……! 


 僕は息を切らせながら、それでも全速力トップスピードを維持して、何とか喰らいついて行く。

 スーツを着て、動物からしたら走りづらいはずなのに……目の前のウサギは、四つ脚で大地を駆けながら恐ろしいスピードで疾走していたのである。


 僕はと言えば、何とかついて行くので精一杯。しかし、一方で白兎は……


「いや〜、相変わらず暗殺者さんは脚が早いニャン♪ 本当に人間なのかニャ?」


 如何にも余裕そうな口振りで、白兎は後ろを振り返ると、楽しそうに言う。

 流石は小動物界の最速王スピードスター、スプリントのスピードだけなら、馬にも匹敵するのが野ウサギなのである。きっとこれでも、ウサギからしたら人間の脚に配慮して走ってくれているのだろう……。

 そして、そんな状況にあって……トーヤの心に火がつくのだった。


 ――とにかく、負けていられないなっ……!


 やはり配慮してくれるからといって、ここでスピードを落としてしまうのは、何か違う。何というか、『負け』てしまった気がするのだ。


 多分ここは、もっと体力を温存するのが正解なんだろうけれど……でも、だからといって負けてしまうのはシャクに障る。

 ――っ……今ちょっと足の筋肉が悲鳴を上げ始めたけれど、我慢、我慢……!


 そしてトーヤは、限界ギリギリまでスピードを維持すると、全力でウサギを追いかけるのだった……。



  ◇



 ――そして一方で、ギブリールはと言えば……そんなトーヤの隣でフワフワと浮かびながら、不思議そうに白兎の姿を見つめていたのだった。


(……やっぱりそうだ。さっきからあのウサギさん、ボクの方をチラチラ見てる……もしかして、ボクのことが見えてるのかな? いや、まさかね……)


 屋上にいた時からずっと、気になってはいたのだ。もしかしたら、見えているかも……と。しかし、気にはなっていたものの、確信はなくて。

 何しろあり得ない事なのだ。チャンネルが繋がっている者以外に、自分の姿が見えているなんていう事は。

 天地がひっくり返っても、あり得ないと断言出来る。


 そして、ギブリールは考え込むのだった。


 ――ボクの姿は、チャンネルで繋がってるトーヤくんにしか見えないハズ。


 だけど目の前のウサギさんの素振りは、明らかにギブリールのことが見えているとしか思えなかった。


(うーん、やっぱり気になる……)


 ――よし、決めた。ウサギさんがボクのことが見えているか、確かめてみよう。

 そしてトーヤの隣を離れると、前を走る白兎の元へ向かうのだった。


『――ねえウサギさん? もしかして、ボクのこと、見えてる?』


 ギブリールは白兎の横にピッタリとくっつくと、訊ねる。

 するとスーツ姿の白兎は、ぴょんと振り向いて答えるのだった。


「そりゃあ見えますニャン。お宅にも、吾輩ワガハイのことも見えてるんでニャンしょう? だから、お互い様ニャン!」


 そう言って事もなげに答える白兎に、ギブリールは驚きを隠せなかった。


 ――やっぱり、見えてたんだ……!


 しかしギブリールは、すぐに疑問で頭を抱え込む事になる。

 ……けれど、どうやって? ボクの本体は天界にあって、今は魂だけの存在のハズ……普通の視覚では認識なんて出来ないハズなのだ。


『一体、どうやって……』


 ギブリールがこぼしたそんな一言に、白兎は不思議そうに首を傾げる。


「吾輩が見えているのが、そんなに不思議なのかニャ?」

『不思議どころの話じゃないよっ! ボクの事は、普通見えないハズなんだ。トーヤくん以外にはね……』


 そう、本来ならばあり得ない事象が起きてしまっているのだ。

 どうしても納得がいかないギブリールに対し、白兎は少し考え込む。


「ふぅむ……どうやって説明すればいいかニャン……そうだ、こういう言葉があるニャン! 『深淵を覗いている時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』……つまり、『ウサギを覗いている時、ウサギもまたこちらを覗いているのだ』ニャン!」


 白兎はドヤ顔で言い放つ。しかし、ギブリールはといえば……


『……うーん、全く意味が分からないんだけど……』

「意味なんかないニャ。『考えるな、感じろ!』だニャン!」


 そして結局ギブリールは何一つ理解出来ないまま、トーヤの隣に戻るのだった。

 そして、そこにいたのは……疲れ果て、バテバテのトーヤの姿。


『と、トーヤくん、大丈夫!?』

「ぜ、全然……っ! こんなの、何てことないさ……!」


 実際はほとんど限界だったけれども。僕はそう言って、ギブリールに強がる。



 そして、それからしばらくして――


「……やっと到着だニャン! ここに探しているメイドさんがいるニャン!」


 そう言って、白兎は足を止めると、道の真ん中で立ち止まるのだった。

 ようやく、ここが……そして僕は目の前の建物を見上げるのだった。


 目の前にそびえるのは、威風堂々とした貴族のお屋敷。

 そして敷地を取り囲むように張り巡らされた背の高い塀と、大きな門。


 ――僕たちが、たどり着いた先。

 それは、『フロリア市市長』の邸宅の前だった……。

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