32.「僕の決意と、魔の森からの脱出。そして、王都へ――」

 全てが寝静まる魔の森イービルウッズの中で、ただ月だけが、全てを見通していた……。


 しかし、やがて天上に輝く双月にたなびく雲が掛かり、地上に暗い影を落とす。

 惨劇の跡も、一人のメイドの姿も全て、夜の闇が包み込んでゆく。

 そして惨劇の夜は、人知れず終わりを迎え……


 夜が明けるのだった――



 * * * * * *



 ――そして陽が昇り、朝。

 ひんやりと肌寒い、早朝のこと……


 薄暗いテントの中で、一人の少年が目を覚ましたのだった。

 目的地である王都への道中、魔の森にてテントを張り、夜を越したトーヤ達だったが……どうやら無事に次の朝を迎えられたようで、僕はひとまずホッとする。

 そしてガサガサと寝袋の中で身動きすると、僕はゆっくりと目を開ける。


 そして、そんな僕の目の前にあったのは――スヤスヤと寝息を立てる、


「!? ギ、ギブリール……!? どうしてここに……!」


 さも当然のように僕の横でスヤスヤと眠っているギブリールを目の当たりにして、僕は思わずビックリして、眠気も何処かへ吹き飛んでしまう。


 あくまで霊体であって、実際にそこにいる訳ではないけれども……

 例えそれがどんな美少女でも、居ないはずの場所で出くわしてしまったら、大なり小なりビックリしてしまうものだ。それが寝起きならば、尚更だろう……


 そしてギブリールも、どうやら目が覚めたようだ。


『ふわぁ……トーヤくん、おはよう』


 寝起きでふにゃふにゃした様子のギブリールは、目元を擦りながら、僕に向かって朝の挨拶をする。


「あ、おはようございます……って、そうじゃなくて……」

『……えへへ、来ちゃった♡ どう? トーヤくん、ビックリした?』

「ビックリどころじゃないですよ……心臓が止まるかと……」

『大丈夫、もし心臓が止まっても、ボクが天界で面倒を見てあげるからっ』

「天界って……それ、死んじゃってるじゃないですかっ。駄目ですよっ。僕にもやりたいことがあるんですから……まだ死ねませんって」


 と、ツッコミを入れつつ、僕は寝袋から出ると、そろそろ着替えの準備をする。

 こんな森の中だけど、朝の鍛錬だけはサボる訳にはいかない。 

 まだリゼとレオは寝てるみたいだから、起こさないようにして……そして僕は、着替え始めたのだった。


 そして僕が上を脱いだ所で、僕はギブリールと目が合った。

 ギブリールは何故か顔を真っ赤に染めて、慌てた様子で言うのだった。


『ご、ごめんっ、そうだよねっ! ボクは後ろを向いてるから、トーヤくんは好きに着替えてっ』


(……?)


 一体、どうしたんだろう? 別に、ただ服を着替えてるだけなんだけど……

 ギブリールの反応に首を傾げながら、僕は鍛錬用の服に着替えるのだった……。



  ◇



 ……そして、しばらくして。

 着替え終わった僕は、ガサガサと自分の鞄の中を探る。

 そして僕は、鞄の奥に大切にしまっていた『それ・・』を取り出すのだった。


 ――"聖獣の牙"の首飾りネックレス大切な友達ガルムから貰った、大切な贈り物だ。


 そして僕は、班の皆んなのことを思い出す。

 四人とも、元気にしてるだろうか……。


 そして僕はギブリールと共に、テントの外へと出る。

 今日の日程は、この魔の森を抜けること。朝は早いけど、まだ鍛錬の時間は十分残っているハズ……。

 そして、テントから出て一歩目。――そこで僕は、ある異変に気付く。


(っ……! この感じ、まさか……)


 一見変哲もない風景。だがそこで感じる、微かに香る"惨劇"の匂い――!

 研ぎ澄まされた暗殺者の嗅覚が、普通なら感じられないような僅かな血の匂いを感じ取ったのである。

 元々、手負いのターゲットを絶対に逃さないために特化した機能なのだ。

 その鋭さは、猟犬の如く。暗殺者としての生命線……そこに、狂いはない。


 ――この感じ、現場は少し遠く、か……?


 そして僕は、しばらく考え込んでいたのだが……

 そんな僕の様子を不審に思ったギブリールが、声を掛けてくる。


『……? トーヤくん、どうしたの?』

「ちょっと気になることがあって……うん、やっぱり『一見に如かず』かな」


 そして僕はギブリールを連れて、森の中へ向かう。

 そして――血の匂いを辿った先に、僕たちがたどり着いたのは、姿『木の洞のトンネル』の前だった。


『? 何もないみたいだけど……?』


 ギブリールも周りを見回して、不思議そうな顔をしていた。

 そこにあったのは、取り立てて何の変哲もない、森の風景……。

 ……けれど僕の直感は、そこに『何らかの気配』を感じ取っていたのだった。

 

 ――果たしてこれは、僕の考え過ぎだろうか……?


 結局この場を引き上げることにした僕は、一瞬後ろを振り返る。

 そこには相変わらず、変哲のない森の景色が広がっていたのだった……。



  ◇



 そして僕は、キャンプの近くに戻ると、『朝の鍛錬』を始めた。

 僕が握るのは、鍛錬用に特別に重くした黒鉄の剣だ。

 ギブリールが見ている中、僕はトレーニングに励む。


 ――この旅の目的は、王都での勇者認定式を受けることだ。

 『勇者になる』という僕の長年の夢は、今まさに叶いつつある。

 けれど……そんな僕の胸の内に、もう一つ、新しい目標が芽生えつつあった。


 大分、無茶な夢になるけれども……それでも僕は、この新しい目標を叶えたいと思ってしまったんだ。


 その、僕の新しい目標は――『』こと。


 ……我ながら、遠い道のりだ。

 けれど……誰よりも長い付き合いだからこそ、僕は知っている。

 一度夢見てしまった以上、その夢を愚直に、ただひたすらに追いかけてしまうのが、『僕』という人間だということを――。


「ねえ、ギブリール。相談があるんだけど……」


 そして僕は、ギブリールに相談する。ただ一つ、強くなるために。

 ――絶対に、リゼに追いつくんだ……!



  ◇



 ……そして、朝の鍛錬を終えて。

 僕とギブリールは、テントのあるキャンプへと戻ってくる。

 ちょうどその時、寝起きのリゼとレオがテントから出てきたのだった。


 早朝の森の中、僕たちは三人で、軽い朝食を取る。

 途中で一度、ユリティアさんとすれ違った。微かに香る、香水の匂い……。


 そして……少しして、出発の時が訪れたのだった。

 僕たちは各自荷物を抱えて、馬車へ乗り込む。


「結局、魔王の手がかりとやらは見つからなかったな……」


 窓からオアシスの景色を眺めながら、レオがぼそりと呟く。


「そうですね……」


 レオの言葉に、僕はぼんやりと相槌を打つ。

 僕の脳裏に浮かんでいたのは、ユリティアの姿だった。


 ――僕の考えが正しければ、あの人は……


 そして結局、僕たちを乗せた馬車は、一度も魔物と遭遇することはなく。

 夕焼け空の下、馬車は魔の森を抜けたのだった。


 ――馬車はなおも、走り続ける。


 "新たなる夢"、そして、一握りの"疑念"を胸に抱き――。

 僕たちを乗せた馬車は、静かに王都へと向かうのだった……。




 ――魔の森編 完


 To be continued ……

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