11.「一方その頃。剣聖少女と男装少女の語らい」

 瘴気を取り込み、巨大化した大樹が生い茂る、『魔の森イービルウッズ』の奥深く……。

 重なり合う木々の枝葉が頭上を覆い隠し、薄暗い森の中……。


 そこに"僕たちのことを謀殺しようとした痕跡"を見つけた僕は、これからの対策について、深く考えを巡らせていたのだが――。


「……っ! もうこんな時間かっ。少し、考え過ぎちゃったな……」


 ふと気が付くと、既に結構な時間が経過していた。

 僕の悪い癖だ。考え事に集中すると、こうやって時間を忘れてしまう。

 ひょっとして皆、僕のことを探してたりして……いや、流石にそこまでの時間は経っていないハズ。


 けど、いつまでもここでボーっとしている訳にもいかない。

 とにかく、急いで戻らないと。 


 僕は下を向いていた顔を上げると、見上げる形となる。


「……♡」


 そこに、ギブリールがいた。

 ギブリールの、スラリとした細い足が見える。


 しかし何やら様子がおかしい。両手を後ろに、僕のことを見下ろしながら、何故かギブリールはニヤニヤと笑みを浮かべていたのだった。


「……あれ、どうしたの、ギブリール? そんなにニヤニヤして」

『んふふ♡……ニヤニヤって、何のことかなー? ホラホラ、ボクを見て? こんなに真面目な顔をしてるでしょ?』


 僕は立ち上がると、改めてギブリールの顔をまじまじと見つめる。

 ギブリールは可愛らしい顔で一生懸命、真面目な表情を作っているが……。


「うーん、やっぱり、口元が緩んでる気が……」

『えへへ、そうかな? そんなことより、考え事は終わったの? トーヤくん』

「え? うん……とりあえずは終わったかな。けどゴメン、待たせちゃったよね」


 僕は答えると、ギブリールに謝る。


 おそらくギブリールは、何度も僕に声を掛けてくれたはずだ。

 それでも考え事に集中していた僕は、気づかずに考えに没頭してしまった。


 こんな何もない場所で、待たせてしまうなんて……。

 きっとギブリールも、とても退屈だったに違いない。


 しかしギブリールは、そんな僕の言葉に、何故かブンブンと首を横に振る。


『ううん、全然、大丈夫! むしろボクからしたら、ご褒美、ごちそうさま……って、ボクは何を言ってるのかなっ!? 今のは聞かなかったことにして欲しいなっ、トーヤくんっ! 別に、本当に何でもないからっ』

「…………?」


 なぜか慌て始めるギブリール。

 やっぱり、何かあったのだろうか……?


 しかし……僕は首を振る。

 僕はギブリールのことを信頼しているし、ギブリールも何か大事なことがあったら、隠さず話してくれるハズ……多分。


 そして僕はギブリールと一緒に、馬車に戻ることにしたのだった。


「リゼとレオも、待ってないかな……?」


 森の中を進みながら、僕は呟く。

 木の枝を踏みしめながら、そして僕は、馬車の前まで戻ってきたのだった……。



  ◇



 一方その頃。時は少し遡り、馬車の方では……。

 魔物たちを討伐したレオとリゼは、真っすぐに馬車の方へ向かった。

 そして二人は馬車の扉を開くと、中へと入っていく。


 ご丁寧にも組み立て式の小テーブルの上に、カップが三つ並べてあった。

 あのメイドの……確か、ユリティアと言ったか。彼女が用意したものだろう。


「ふぅ……。それにしても、いきなり魔物に囲まれるとは……。ハードな戦いだったな……」

「そう? それほどでもなかったと思うけど……。これぐらいの戦いなら、山ほど経験してきたわ」

「ははは……流石は"剣聖"だな。……私はこう見えて、『箱入り娘』だったんだ。初めて異能を使ったのも、学園に来てからだ。やはり実戦不足だな。塔の中の幻と、実際の魔物は違う……」


 レオは湯気の立つティーカップを手に取ると、しみじみと言う。

 レオとリゼ。二人の間に流れるていたのは、打ち解けた雰囲気だった。


「しかし、それにしても……トーヤ、遅いな」

「……トーヤくんなら、さっき森の中に入って行ったのを見たわ。多分、しばらく戻ってこないと思う」

「そうか……それで、君のことは、リゼと呼んでいいのかな?」

「ええ。あなたも、エレオノーラ、でいいのよね?」

「勿論だ。……ただ、私たちだけの時に限るがな」


 そう言って、レオが笑う。

 そして二人は、カップに口を付けるのだった。


「……美味い。こんな森の奥深くで、こんな美味い紅茶を飲めるとは……まさに、贅沢の極みだな」

「そうね……。でも、この紅茶も美味しいけど……あなたが淹れてくれた紅茶の方が、もっと美味しかったわ」

「っ……! そ、そうか……そう言って貰えるのは、すごく、嬉しいな……」


 リゼの言葉に、嬉しそうに頬を緩めるレオ。

 そしてそれを見て、リゼも優しく微笑むのだった。


「こうして二人で話すのは、初めてよね? エレオノーラ……そうね、"エレナ"って呼んでもいいかしら。それとも、レオがいい?」

「え、エレナ……! エレナ、かぁ……か、可愛い……! 私は、断然っ、エレナがいいっ! 是非、そう呼んでくれっ!」


 リゼの提案に、レオ……いや、"エレナ"が興奮した様子で食いつく。

 一方リゼは、そんなエレナを見て意外そうな顔をしていた。


「……そんなに喜んで貰えるなんて、思ってなかったわ」

「いや、私はとても嬉しかったぞ……。こうやって男の格好をしている関係で、可愛いあだ名なんて、無縁だったからな……。そうか、エレナかぁ……そうだ、後で、トーヤにも呼んで貰おうか…… !」


 レオはしみじみと嬉しい気持ちを噛みしめると、ワクワクした様子で呟く。

 そして二人の少女の語らいは、なおも続くのだった……。

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