03.「王都からの追加試験。そして漂う、不穏な気配――」

 それから、まもなくして――。


 ガチャン、と重い金属音が前方から聞こえてくる。

 これは……扉のロックを外す音だ。

 この人物は間違いなく、前の席に座っているメイドのユリティアさんだろう。


 来るとしたらそろそろだろう、とは思っていた。

 ……もう『魔の森イービルウッズ』のすぐ近くまで来ているしね。


 そして――やがて、正面の扉が開かれ。

 御者席の方から、二人の女性が馬車の中へ入って来たのだった。


 一人は、メイドのユリティアさん。

 そして、もう一人は……銀色の鎧を着込んだ、騎士姿の女性だった。


 この人は、確か……"アンリ・ナスターシャ"という名前だったか。

 僕たちを王都まで護衛するために派遣された、中央の騎士……だったハズ。

 要するに、僕たちのお目付け役という訳だ。


 金髪ミディアムの、凛々しい少女だった。

 騎士にしては、まだ若く見える。おそらく僕たちと同年代ではないだろうか。

 いかにも堅物というか、真面目そうな雰囲気を纏っている。

 若くしてこの風格。さぞ優秀な騎士なのだろう。


「改めて、私は近衛騎士団所属、アンリ・ナスターシャだ。……貴方方を安全に王都まで護衛するのが私の仕事だ。よろしく頼む」


「ふふっ、皆さん勇者サマですから、自分の身は自分で守れるとは思いますけどね。……アンリさんが背中を守ってくだされば、きっと安心して戦うことが出来ますわ」


 ユリティアさんがニコニコと笑顔で言う。

 ――その姿は、おしとやかな淑女そのもの。

 これは……完全に、猫を被っているじゃないか。人当たりも良い感じで、僕に対する態度とは大違いだ。


 ……まあ、僕としてはこれぐらい表裏がハッキリしていたほうが、むしろやりやすいくらいなんだけれど。

 ……ひょっとして僕、感覚が麻痺してる?


 とまあ、無駄口はそのくらいにしておいて……。

 早速ユリティアさんは、本題に入ろうとするのだった。


「それで……私から一つ、皆様にお伝えしなければいけないことがあります」

「『魔の森イービルウッズ』のこと――ですよね?」

「ふふっ、よくご存じで。話が早くて助かりますわ」


 先回りして話の核心へと触れる僕に対し、ユリティアさんは笑顔で返す。

 内心どう思っているかは別として――品のある、慎ましやかな笑顔だった。


 そしてユリティアさんは、続けて詳しい説明を始める。


「トーヤ様の言う通り、この馬車はこの先、魔物が蠢く『魔の森イービルウッズ』を通過します。これは、一つの試験のようなものです。つつがなく通り抜けられれば、それも良し。ただ、万が一魔物に囲まれることがあれば――皆様御自身の力で切り抜けて貰うことになります」


 試験……! なるほど、つまり僕たちの力を試そうって訳か。

 向こうも、ずいぶん慎重だな……確かに自分たちの目で実力を確かめたいという気持ちも、分からないではないけれど……。

 しかし――僕には、他の思惑が隠れているように思えてならなかった。


 ――それがユリティアさん本人によるものなのか、それとも背後で糸を引いている人物がいるのか。少し、調べてみる必要があるな……。


 そんな風に裏を読もうとする僕とは対照的に、ユリティアさんはニコニコと人の好さそうな態度を崩さず。人差し指をピンと立て、にこやかに言う。


「あっ、ナスターシャさんにはちゃんと後ろで控えていて貰うので、その点はご安心を♪ ……折角の勇者サマですのに、こんな所で命を落とされるのは、国としても大損失ですから」


 そして話し終えたユリティアさんは、僕たちにペコリと頭を下げると、騎士アンリと共に再び御者席の方へ戻っていったのだった。



  ◇



 そして――ふう、と一息つく僕。

 どうにも、あの人の前だと気が抜けないんだよな……。


「それで……二人とも、どう思います?」


 ユリティアさんを見送った後、僕はリゼとレオに向かって訊ねる。

 正直、リゼとレオの二人がどう思ったのか、少し気になっていた。


 僕としては、二人の意見を参考にしようと聞いたつもりだったのだけれど……。


「フッ、そうだな……中々面白そうじゃないか! 『魔の森イービルウッズ』――ふふっ、いい名前だ。いかにも化け物が出てきそうで……なんだかワクワクしないか?」

「……別に、私は興味ないわ。敵が出てきたら、倒すだけ」


 ……。

 想像以上に脳筋な二人だった。

 いやいや、ここは普通怪しむところでしょうっ!

 そもそも試験をするにしたって、わざわざ危険な『魔の森イービルウッズ』でやる必要なんて、全然無いわけだし……!

 いや、ひょっとして、僕の方が考え過ぎなのか? 二人の自信満々っぷりに、自信がなくなってきた……。


「えーっと……少し怪しいなー、とか、感じませんでした?」


 そして僕は続けて、恐る恐るといった風に訊ねる。

 もしかしたら――と、一縷の望みを掛ける僕だったのだが……。


「いや? 別に怪しいところは無かったと思うが」

「……私も。でも、トーヤくんがそう言うなら、怪しかったのかも……」


 あっけらかんと答えるレオと、少し考え込む様子を見せるリゼ。

 どうやら二人とも、ユリティアさんの言うことを少しも怪しんでいないようだ。


 なるほど……二人の答えを聞いて、なんとなく分かった気がする。


 二人は、決して油断している訳ではない。

 ただ……その圧倒的な実力から、これまで警戒する必要がなかったのだ!

 これは、僕がしっかりしないと……!


 そして馬車は丘陵地帯を抜け、木々が鬱蒼と生い茂る森林地帯へと差し掛かる。

 もう『魔の森イービルウッズ』まで、あと少し。


 若干の嫌な予感を漂わせながら、王都からの試験が幕を開けるのだった……。

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