そして馬車は王都へ向かう 

01.「馬車での旅、スタート。それにしても、僕のメイド運はどうなっているのだろうか……。」

 一面に広がる、あおい草原。相次ぐ往来に草が剥げ、土と小石が露わになった道。


 そして草原を取り囲むようにして遠く霞んで見える、雄大な山々――。



 窓の外には、まるで一流の絵画のように、美しい風景が広がっていた。




 そこは、人里離れた自然の奥地。草木生い茂る、なだらかな丘陵地帯……。

 ガタンゴトン――未舗装な地面の凹凸おうとつに、黒鉄の車輪が跳ね返り、音を立てる。


 そんな未開の地の中を、僕たちが乗る馬車は、王都を目指して走っていた。


 僕たちが学院を出発してから、三時間ほど経過しただろうか。

 最初は学院を出て、久々の非日常の光景に、会話もそれなりに弾んだものの。

 馬車の中でじっとしているというのは、思った以上に手持ち無沙汰だった。


「こうして見ると、小綺麗なだけで、退屈な光景だな……。こんなものより動いているものを見ていた方が、よっぽどいい」


 そう言ってレオは足を組みながら、退屈そうに窓の外を見つめる。

 そして、リゼはといえば――暇を持て余した結果、僕の右隣で、スヤスヤと心地良さそうに眠っていたのだった。


 すぅ、すぅ……可愛らしい無防備な寝顔を晒し、僕の隣でちょこんと眠るリゼ。

 なんだかリゼに気を許して貰えている気がして、嬉しい気分になる。


「しかし……ふふっ、なんとも可愛らしい寝顔じゃないか。恐怖の【剣聖】とは、とても思えないな」


 リゼの寝顔に、レオもほっこりした様子だった。

 しかし……やがて何やら思いついたような表情をすると、僕に耳打ちする。


「……そうだ、トーヤ、せっかく隣に座っているんだから、悪戯してみたらどうだっ? ほら……無防備な美少女が目の前にいるんだ、色々、やりたくなって来ないか……? 安心しろ、私は黙っているから」

「ダメですよ、そんなことしちゃ。せっかくリゼが気持ちよく寝てるのに、邪魔しちゃ悪いですって」

「はあ、君は堅物だな……。君に悪戯されるなら、リゼも喜ぶと思うぞ? ……全く、退屈しのぎになると思ったのに……」


 そう言ってレオは残念な様子で、ため息をつく。

 って、僕はレオの退屈しのぎの為に、悪戯させられそうになったのか……。

 どうやらレオも、相当退屈しているらしい。


 それにしても、退屈、か……。

 退屈という言葉に、僕は正直、ピンとこなかった。

 今だって、リゼの寝顔を見ているだけで、一日は余裕で過ごせるしね。


 なにせ――僕的には、暗殺者時代からずっと退屈には慣れっこだったから、別にこの程度の退屈なんて、どうってことはないというものだった。


 例えば、滅多に表に出たがらない標的ターゲットを仕留めるために、十数日にも渡って張り込みまでしたこともあった。

 あの時は本当に、大変だった……。野ざらしに、雨晒し。そして迷彩の為に、草木を体に巻き付ける。そんな環境で、ひたすら死んだような目をして、一点を監視し続けるのだ。

 

 それも全て……暗殺成功というゴールに近づく為。一時間耐えれば、一時間分だけ暗殺へと近づくのだ。

 その時間は、決して無駄じゃない。

 待つという行為は、決して無為な行為なんかじゃない――というのが、僕が暗殺者時代に学んだ、一番の教訓と言えるだろう……。


 とにかく、あの時と比べれば、退屈だなんだという贅沢は、口が裂けても出てこない。

 何より……こんな立派な椅子に座っていられるのだから。


 そして僕は、たった今座っている、馬車という乗り物にしては立派すぎる座席をポンポンとなぞる。

 なめした牛皮で設えた、まるでソファのような座り心地の椅子だった。


 それもそのはず――僕たちが乗っているこの馬車は、ただの馬車ではなく。要人護送の為の特別な馬車なのだから。


 壁面は、分厚い黒鉄の板で覆われている。

 そのせいで馬車の内部はまるで、黒鉄の箱の中にいるかのようだった。

 左右の両側に出入りする為の重厚な扉がついた、小部屋のようになっていた。

 窓の硝子ガラスはその透明度から予想できないほど幾層にも渡って折り重ねられており、堅牢強固。この一枚を生産する為に熟練の職人が三年は掛けるという、正に職人の英知の賜物である。

 正面にも扉がついており、これは馬車を運転する御者席へと繋がっている。


 言うなればこの馬車は、対魔物を想定した『小型の要塞』なのである。

 魔物に囲まれた場合を想定して、お付きの護衛が応戦している間――最悪護衛が全滅しても、近くの拠点から救援が訪れるまで、籠城して身を守れるように堅牢な造りになっているのだ。


 それも全て、要人を護送するため。この場合、王国にとって最重要人物である【剣聖】のリゼを守るために、こんな物々しい代物を寄こしてきたのだろう。


 そして僕は、感慨深そうに馬車の内部を見回す。


 それにしても懐かしいな、この造り……。この型の馬車は暗殺者時代、何度もお世話になった。主に襲う側として――ではあるけれど。


 そんな自分が、まさかこの馬車で護送される立場になるなんて。

 皮肉と言うか、何と言うか……ある意味、感慨深い。



 ――そして、それから少しして。


 時刻は既に正午過ぎ、僕とリゼ、そしてレオの三人は、大自然の中をひた走る馬車の中で、軽い昼食を取ることにしたのだった。


 確か、この中に食料が入ってるって言ってたっけ……。

 僕はユリティアさんから預かっていた、大きめの編み籠バスケットを開いた。


「ほお……王都の連中にしては、なかなか気が利くじゃないか」

「へぇ、結構入ってるのね。……確かに、美味しそう」


 レオが感心したように唸る。そしてさっき目を覚ましたばかりのリゼも、興味を惹かれたのか、それとも腹の虫が騒ぎ始めたのか、ジッと中身を見つめていた。

 それほどまでに、編み籠バスケットの中身は盛り沢山だった。


 詰め合わせのようにぎっしりと詰まっている、色々な種類のパン。

 そしてその横には、塩味の効いた干し肉や、薫製のベーコンなど、保存のできる食料がずらっと並んでいる。


 正直僕も、見ているだけでもお腹が空いてきてしまっていた。

 何より僕は、塩気のある食べ物が好きだ。小さい頃からお金が無くて、薄味のものばかり食べていた反動もあり――お金に余裕が出来て、自由に物が食べれるようになると、すっかり塩味の虜になってしまっていたのだった。


 そして僕たちは一斉に手を伸ばすと、各々好きな食べ物を口に運ぶ。


「…………(もぐもぐ)。……! 美味しい……!」

「むっ……そこそこ美味いな。この私の舌を唸らせるとまではいかないが、保存食であることを考慮すれば――ま、及第点といったところか」


 寝起きで若干テンションの低かったリゼも、編み籠バスケットから何度か口に運ぶと、すぐにやみつきになった様子。

 レオも口ではああ言っているけれども、結構気に入ったみたいだった。


 そして僕もうずうずした様子で、干し肉とパンを口にするのだった。

 うん、美味しいっ。この独特の塩味が、やっぱり堪らない……!


 そうやって堪能している僕に、リゼが話しかけてくる。


「これ、あのメイドの人……えーっと、誰だっけ……」

「ユリティアさんのこと?」

「うん、その人。この食べ物、そのユリティアって人から貰ったんだ」

「そうだよ」

「ふぅん。……ユリティアさんって、もしかして、いい人なのかも」


 リゼがボソッと呟く。


 ――いい人、か……。

 そして、リゼとレオと三人で昼食ランチを楽しみながら……僕は先ほどの、ユリティアさんとのやり取りを思い出すのだった。



  ◇



 それは道中で馬車を止めて、一度『休憩』となった時だった。


 馬車での旅とはいえ、常に走りっぱなしという訳にはいかない。走り続ければ馬も疲労するし、喉も乾く。

 そして――乗っている人間も、色々ともよおしてくるというものだ。


 という訳で……林の傍の、泉が見える、見晴らしのいい草原に馬車を止めて、ひとまず休憩となったのだが。

 林の陰で色々と済ませた僕は、泉で手を洗うと、再び馬車の方へ向かう。


 リゼもレオも、今頃『用事』を済ませている頃だろうか……。


 リゼとレオの姿は、そこにはなく――そして馬車の前で、メイドのユリティアさんとバッタリと出くわしたのだった。


 ユリティアさんは、大きめの編み籠バスケットを両手に持ち、何かを待っていた様子だったが――近づいてくる僕の姿を確認すると、で僕を見つめてくるのだった。


「あら。貴方は主人あるじ様の『金魚のフン』ではないですか」

「……あらあら、お気に障っちゃいましたぁ? でも――事実、ですよね? 貴方の異能はコモン級。そんな貴方が、カルネアデスの塔を攻略出来る筈が有りませんもの。大方、同じ班になった主人あるじ様に着いて行っただけなのでしょう?」


 !?

 ユリティアさんは僕を詰るように、かなーりキツい言葉をぶつけて来る。

 まさに、豹変という言葉がピッタリな変わり様だった。


 リゼの前とは、態度が全然違う……! 普段はおしとやかなTHE・メイドと言った様子なのに、僕と二人になった途端、このドSぶり。

 メイドはストレスが溜まる職業だと聞いてはいたけど……ここまで性格が変わる人は、中々居ないだろう。


 それにしても、『金魚のフン』だなんて……ひどい言われようだ。

 ……まあ確かに、道中のボスは全部リゼが片付けちゃったけど……それでも僕だって、一応、自力でカルネアデスの塔を踏破したんだ。

 それだけは、胸を張って断言できる。

 ……メイド恐怖症だから、今は黙っているけれど……。


 しかし、それにしても……僕のメイド運は、一体どうなっているんだろう?

 ゴルギース伯爵のお屋敷でも、散々メイドに鞭を打たれたし……どう考えても、僕とメイドの相性は最悪と言わざるを得ないだろう。


 そして尚も、ユリティアさんは言葉を続ける。


「か弱い女子に寄生するなんて、最低のクズですわね。でも……感謝しなさい? 私は主人様のメイドですから、主人様のご友人である貴方も、として丁重に扱ってあげます。……それではトーヤ・アーモンド、これは王都までの大事な食料ですので、無くさないようにして下さいね。無能な貴方にも、それくらいなら出来るでしょう?」


 ゾクリとする甘い声で、メイド服を着た女帝は、僕のことを罵倒する。

 こうして僕は、ユリティアさんから編み籠バスケットを手渡されたのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る