09.「紅茶を飲みながらの歓談。そして僕は、神託について語る」

 ――そして、しばらくして。


 紅茶をお盆に載せて、僕たちのいる応接スペースまで運んでくるレオ。

 その端正な顔には、屈辱の表情をたたえていた。


「言っておくが……この私が淹れた紅茶が飲めるなんて、滅多にあることじゃないからな。精々その幸福を噛みしめながら、味わうがいい……!」


 そう言って、レオは僕たちの前にカップを並べる。

 そしてどっかりとソファーに腰かけると、ムスっとした表情で自分のカップを手に取り、紅茶を一息に自棄飲みするのだった。

 レオの態度に気圧されつつも、僕は恐る恐る、カップに口を付ける。


 こ、これは……! この香り高さ、そして、優しい口当たり……!


「……! 美味しい……!」

「フン、当然だ。これでも貴族の端くれだからな」


 そう言ってレオは、さも当然と言った風に胸を張る。

 紅茶ひとつ入れさせても、超一流。

 これが貴族の嗜み、というものなのだろう。


 僕にとっては遠い世界なので、あまりピンとこないけれど……この紅茶の味は並大抵の努力では出せないことだけは、門外漢の僕でもなんとなく分かった。


 そして僕たちのやりとりを見て、ニトラ学院長は愉快そうに笑う。


「クックックッ……お主に『貴族の端くれ』などと言われたら、この国から貴族は消えてしまうじゃろうよ」


 そんなニトラ学院長の言葉に、無言のジト目で返すレオ。

 紅茶の香りがそうさせたのか、全体的に、まったりとした雰囲気が流れていた。

 そしてリゼはといえば、僕の隣で静かに紅茶を飲んでいた。


「……」


 優雅にカップを口元に運ぶと、目を閉じ、紅茶の味を堪能する。

 なるほど、紅茶の味を確かめる時は、目を閉じるのか。

 確かに、そうすれば、味がハッキリ分かるかも……。

 感心するとともに、なんだかカッコイイな、とリゼの横顔を見て僕は思う。


 そして、リゼはただ一言。


「……ふぅん、中々ね」


 リゼも、レオの紅茶の腕に感心している様子。

 そう呟いたリゼは、心なしか、笑みを浮かべているように見えた。



 そして――つかの間の紅茶ティー休憩ブレイクを終えて。

 僕たちの話題は、「塔の上で何があったのか」へと移る。

 僕は、レオとニトラ学院長の二人に、女神さまの家での出来事を話した。


 ただ、こんな僕にも、話したくないことはある訳で……。

 例えば、僕が極度の疲労で、ゲロを吐いてしまったこととか……。

 だから、どうでもいいこと・・・・・・・・はコッソリ省きつつ、大事なことはかいつまんで、僕はレオとニトラ学院長へと伝えるのだった。


 僕の話を聞いた二人の反応は様々だった。


「何と! 塔の頂上に、女神の屋敷が!? それは初耳じゃ……!」

「塔の頂上に、可愛らしいピンク色の家、だと……? くっ、私の中のカルネアデスの塔のイメージが、崩れていく……!」


 レオが一人頭を抱えているのは放っておいて、僕はなおも語り続ける。

 ニトラ学院長は腕組みをしながら、何か考え込むように呟くのだった。


「むぅ、『マシュマロ』か……。そのような菓子は、儂も聞いたことがない。うーむ、気になる。物凄く気になるぞ……!」


 なぜかマシュマロの情報に食いつく、ニトラ学院長。

 今日一番に目を輝かせている気がするのは、気のせいだろうか……。


 そして最後に、とうとう話題は『例の神託』について触れることになる。


 正直、このことを口外するかどうか、少し悩んだ。

 何しろ僕たちが受けた神託は、『魔王を守れ』という、非常識なもの。

 下手をすれば"背徳者"として取られかねない、危険な内容……。


 しかし、あえて僕たちは、全てを包み隠さず話すことにした。

 今の僕たちに必要なのは、信頼できる協力者、そして"後ろ盾"だ。

 その点、このカルネアデス王立異能学院は、国内唯一の勇者育成機関として、王都の政治に対して一定の発言力を有している。


 そして、何より――欲にかぶれていない・・・・・・・・・、というのがいい。


 欲は人を狂わせる。異能に恵まれながら、その力を私欲を満たすために利用する人間を、僕は暗殺者時代に腐るほど見てきた。


 だからこそ、僕には分かる。この学院の人間は、信用に値すると。


 この学院の人間は、純粋に人を助けるために、異能を使う人達だ。

 でなければ、ダンジョンに潜れば幾らでも大金を掴むことが出来るというのに、わざわざ学院で後進の育成なんかしていないはず。


 だからこそ――


 そして僕は、リゼに目配せする。


(……どうする? リゼ)

(……貴方に任せるわ)


 リゼは一瞬、視線を合わせると、僕の意図を察したように静かに頷く。

 ――よし、これで、僕の腹も決まった。


 そして僕は、重い口を開いた。

 しっかりと言葉を選びつつ、慎重に神託について語っていく。

 ニトラ学院長とレオはそんな僕の言葉に、真剣な顔で耳を傾けていた。


「ふむ、なるほど……トーヤよ、よくぞ話してくれた。ううむ、これは難しい問題じゃな……」


 ニトラ学院長は目を閉じると、静かに考え込む。

 魔王を守れ――なんて神託は、さすがに想定外だったようだ。

 さすがのレオも、「魔王を守れ、だと……!? 一体、どういうことだ……!」と困惑している様子だった。


 しかし考えること、数秒。何か思いついたように目を開くと、ニトラ学院長は、僕とリゼに向けて言うのだった。


「一つ、お主らに言えることがある。それは――このことは、王都では口外しない方がよい、ということじゃ。教会の原理主義者達の耳に届けば、『異端審問』に掛けられるのは間違いない。無論、魔王を守るのも、絶対に阻止してくるじゃろう。……故にこのことは、お主らの胸に留めておくことじゃ」


 そして言い終わると、ニトラ学院長はレオの方へと向き直る。

 その口元は、ニヤリと笑みを浮かべていた。


「してレオ坊よ、この会話を聞いた以上……お主にも、彼らに協力してもらわねばな。……師匠命令じゃ! お主も二人に付いて王都へと赴き、魔王について手掛かりを探すがよい!」


 ビシッと人差し指を向けると、レオに向けて言い放つ。


 あのレオが、王都に同行する――!?

 僕は驚いていた。まさかレオが、僕たちと一緒に行動するなんて……。


 ……しかしそれ以上に、レオ本人が動揺している様子だった。


「っ――!? この私に、王都へ向かえと!?」


 そして半ば抗議するかのように、ニトラ学院長に言い返す。

 


 しかしニトラ学院長は、屈託のない笑顔でそれに頷く。


「うむ、そうじゃ。何しろお主は、儂の信頼する弟子じゃからな! それに、お主には、二人を導く"義務・・"がある。それは、お主も忘れたわけではあるまい……。クックック……レオ坊よ、くれぐれも、二人を任せたぞ?」


 そう言って、ニトラ学院長は不敵に微笑むのだった……。

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