第2章 ゼロから始まる【英雄暗殺】

00.「カルネアデス、深夜の緊急会議にて」

 太陽が地平の彼方へと沈み、月の女王が支配する、夜の世界……。

 広大なカルネアデスの学院を、双子月の淡い光が、薄っすらと照らし出す。

 しかしそんな中にあって、ただ一つ、灯りのついている建物があった。


 ――刻は生徒たちも寝静まる、丑三つ時。

 ――カルネアデス王立異能学院、カルネアデス会館3F、大会議室にて。


 大テーブルを囲む、教職員の面々。

 夜中の突然の招集にも関わらず、彼らには不平不満の欠片も見られなかった。


『あのカルネアデスの塔に、遂に二名の踏破者が現れた――』


 その報を受けて、学院の主だった教員が集められ、開かれた緊急会議。

 この春、新たに赴任してきた新任教師から、この学院の重鎮に至るまで――。

 集まった教職員たちは、それぞれ興奮の面持ちをしていた。


「あの塔の天辺てっぺんまで登ったんでしょ? いやァ、最近の若者はすごいよねェ」


 ――飄々とした、黒髪、無精髭の中年男。グエル教頭。


「まさかこの瞬間に立ち会えるとは……うぐっ、拙者、涙が出て来申した……!」


 ――ガッシリとした壮年の騎士。オリヴァー教諭。


「しかし、我らの代で彼らのような逸材が現れるとはな……! 全く、教師冥利に尽きるというものだ……!」


 ――燃えるような赤髪の、凛々しい女騎士。エリー教諭。


 以上が、"教導騎士"の三名である。


 彼らはいずれも、この学院の卒業生にして、現役の王国騎士として、国内外で秀でた功績を残した実力者である。

 その実力を見込まれた彼らは、特別待遇でこの学院に教官として招かれると、それぞれの現場を離れ、このカルネアデスにて後進の育成に携わっているのだった。

 また、彼らの他にも、学院の錚錚そうそうたる顔触れが集まっていた。


 そんな今回の緊急会議の議題は、カルネアデスの塔を踏破した二人――

 リゼ・トワイライト、トーヤ・アーモンド両名の今後の扱いについてである。


 手元に配られた資料には、二人の情報が記されている。

 学課の成績はもちろん、これまで経歴、学院での生活態度、カリキュラムの進行状況、班での活動状況、等々……。

 もっとも、リゼの方は編入生ということもあって、殆ど白紙なのだが。


 書類だけでなく、担当教員の生の意見も参考にしつつ、会議は進んで行く。

 そして会議の争点となったのは、彼らを卒業させるか否かについてだった。


 本来カルネアデスの塔を踏破したからといって、学院を卒業という規定はない。

 しかし一部の教員から、『彼らは既に学院を卒業するに値するのでは』という意見が噴出したのである。そして――


 その意見に賛成する者と、それを諫める者。

 教員たちは見事に半々に分かれ、会議は紛糾の様相を呈するのだった。


「え? 彼らに何を教えるの? 私らに教えられることなんてないでしょ」


 そんなとぼけた様子のグエル教頭に対し、エリー教諭が猛反発する。


「何を言っているのだ、グエル教頭! リゼ・トワイライト、トーヤ・アーモンドの両名は、優れた能力を持っているとはいえ、まだ十六歳の若者! 我々が責任を持って教え導くべきであると……!」


「そんなことしなくたって、あの二人は十分強いんだからさ。いいじゃん、じゃんじゃん戦って貰えば」


 終始真面目な態度のエリー教諭に対し、相変わらずグエル教頭は、人を喰ったような態度と砕けた口調を崩さず、なおも続ける。


「北方の前線地帯も今、結構ヤバいんでしょ? 彼らにそっちに行って貰ってさ、二、三年戦って貰えば、うちの騎士団もずっと楽になると思うんだぁ~」


「なんて無責任な……!」


「責任、ねぇ……。お堅いなあ、エリちゃんも。若い奴らなんて使い潰してナンボでしょうが。ボクらの世代も、そうやってやって来たんだからさ」


 そう言って、グエル教頭は軽薄な笑みを浮かべると、「ちょいと遅い晩酌だが」と、持参した"おちょこ"を口元に運び、一杯ひっかける。

 なんとグエル教頭は、大事な会議の場で、酒を飲み始めたのだった。


 「グエル教頭……!」と、声を荒げるエリー教諭を後目に、酒を楽むグエル。


「いやあ、学院長は寛大なお方だ。『いつでも酒を飲んでいい』――そんな私の出した条件を、快く飲んでくれたんだからねェ。前の職場は、うるさいのなんのって。……きちんと仕事をしてんだから、酒ぐらい好きな時に飲ませろっての!」


 そう言って、グエル教頭は愉しそうに、ぐびっと酒をあおる。


「……そうだ。エリちゃんも一杯どう?」

「――飲む訳ないだろうっ!」

「そう? じゃあ、ボク一人で楽しむかねェ」


 ――というふうに、様々な議論・・・・・が繰り広げられる、大会議室であったが……。


 そんな議論の行く末を、上座に座り、静かに眺める人物が一人いた。


(……全く、グエルの奴め。と相も変わらず、マイペースな奴じゃ。この儂が約束したとはいえ、この会議の場で、大っぴらに酒を飲み始めるとは……)


 酒を楽しむグエルを視界の端に捉えつつ、は溜息をつくのだった。


(しかし、あのカルネアデスに踏破者が現れるとはの……。うーむ、長生きもしてみるものじゃのう)


 そして、手元の資料に視線を落とす。


(トーヤ・アーモンド……。あやつから『学院に一人、気になる人物が入学して来た』とは聞いておったが、まさかこれ程とはのう)


 トーヤ・アーモンドと、そして、リゼ・トワイライト。

 どちらも興味を掻き立てずにはいられない、逸材揃いだった。


(やはり、気になる……! むぅ、たかが小童にこれほど興味を惹かれるのは、生まれて初めてじゃ……。やはり、この二人には、直に会って話をせねば……!)


 はやる気持ちを抑えつつ、密かにそう決心するのであった……。

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