3月

そつぎょう

 明才高等学校の卒業式に在校生代表として参加させていただいたワタシたち生徒会役員は今日でこの学校を去る卒業生を見送るために校門の前で花道を作って待っていました。

「美沙と明日香が贈ったハンカチ使ってくれていたね」

「えぇ、同じものでも三人異なる使い方をするのが先輩方らしいと思ったわ」

「もしかして、姉さまたちが付けていたハンカチのお話ですか?」

「笑舞ちゃんも気付いた? 千景先輩はハンカチとして、為奈先輩はヘアアクセサリーとして、風和先輩はポケットチーフとして使ってくれていて美沙は嬉しかったな」

 普段、装飾品を付けることの無い姉さまが珍しくポケットチーフで胸元を飾っていたので気になっていましたが、美沙先輩と明日香先輩の贈り物だったと考えると姉さまが朝から随分と嬉しそうにしていたことも納得することが出来ました。

「皆! 先輩たちでてきたみたいだよ」

 玄関から卒業証書を手にした卒業生が出てくると、ワタシたちよりも前を陣取っていた在校生が卒業生に最後のお別れを告げるために大きく動き出しました。

「明才高等学校生徒会役員の皆さん」

 人の波から最初に現れた知り合いは報道部の元部長である青山天先輩でした。

「青山先輩、ご卒業おめでとうございます」

「小柳橋笑舞さん。ありがとうございます。小柳橋風和からあなたが生徒会役員に立候補したと聞いた時には姉の重圧に押しつぶされてしまわないか心配でした。風和は言わないと思うのでアタシから最後に一言贈ります。小柳橋笑舞さんあなたは立派な生徒会書記です。これからも頑張ってください。陰ながら応援しています」

 青山先輩はそう告げるとワタシの頭を優しく撫でて校門を出て行ってしまいました。

「ねぇ、林檎! 生徒会の人たちが居るよ」

「卒業式に参加していたのだから居て当然でしょ」

 続いてワタシたちの所へ来たのは軽音楽部の元部長である天音舞先輩と菱形林檎先輩でした。

「えぇ~!? REMOTEのお二人ですよね? ナナ、去年の文化祭でお二人のライブを見てからファンなんです!」

「そうなんだ。ありがとう」

「林檎、折角だからサイン書いてあげようよ。『U18 ギタリスト決定戦』で優勝してからサイン作ったんでしょ?」

「な、何でそれを。折角だから。副会長さん、何て名前だったかな?」

「な、七海です」

「七海ね。舞も書いてあげなよ」

「七海ちゃんへ……っと。はいどうぞ。大切にしてね」

「も、もちろんです」

 昨年の文化祭で話題に残るライブを披露した天音先輩と菱形先輩から思いがけないプレゼントを受け取ったナナは受け取ったサインを胸元で抱きしめながらそう言いました。

「あ、庶務の人。文化祭の時に私たちの先輩を呼んでくれたって聞きました。いつかお礼を言いたいと思っていました。ありがとう」

「いえ、私は千景先輩に頼まれたことをしただけなので」

「それでも、ありがとう」

 天音先輩は明日香先輩に精一杯の感謝を告げると菱形先輩と共に校門の外へ去って行ってしまいました。

 それから、何人、何十人もの卒業生が校門の外へと出て行きましたが、千景先輩、為奈先輩、姉さまの姿はまだありませんでした。

「千景先輩!」

 誰よりも早く人混みの中から姉さまたちを見つけたのは会長でした。

「為奈先輩」

「風和先輩!」

 会長の後を追って美沙先輩と柚鈴先輩も姉さまたちへ駆け寄っていきました。

「風和先輩! ご卒業おめでとうございます!」

「ありがとう。柚鈴ちゃん、君とはあまり関わる機会が無かったけれど今まで伝えたかった言葉を送るよ。柚鈴ちゃんはどんな時も元気だね」

「はい!」

「全く、普通は悪態を吐かれたと捉えるものだけど?」

「元気はワタシの特技ですから! あっ! これ受け取ってください!」

「ありがとう。柚鈴ちゃん、笑舞ちゃんと私の愛した生徒会をよろしくお願いね」

「お願いされました!」

 姉さまは寂しげな表情を浮かべていましたが、最後には嬉しそうに微笑んでいました。

「為奈先輩」

「どうしたのかな? 可愛らしいお姫様……いや、美沙」

「美沙、今日だけは凛々しいお姫様になりますね。為奈先輩、貴女から学ばせていただいた事は美沙の……私の宝物です。貴女から受け継いだこの役職を次の世代へ引き継げるようにこの宝物は大切に磨き上げます。ご卒業おめでとうございます」

「ボクとしたことが、不覚にも引き込まれてしまったよ。サプライズでプレゼントまで頂けるなんてボクは幸せ者だな。でも、これが最後だからいつも通りの姿を見せないとね。美沙、君の思い確かに聞いたよ。いつか、今よりも美しくなった君に出会えることを楽しみにしているよ。本当にありがとう。これは今回だけの特別だ」

 為奈先輩は美沙先輩の手を引いて自分の身体に引き寄せると美沙先輩に抱き付きました。

「やあ、生徒会長。自然と涙を拭ってしまう良い送辞だったよ」

「ありがとうございます。本当は色々と考えていたのですが、あの場に立っているとつい思いが込み上げてきてしまって予定していなかったことまで言ってしまいました」

「私の答辞も同じさ。幾度となく人前に立ってきた私だけれど、今日ほど他人の事を気にせずに話してしまった事は無いよ」

「そうだ! これ、俺たち生徒会からの気持ちです。ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう。君はもう私以上に立派な生徒会長かもしれないね。私は今日でここを去るけれど、いつかまた出会う時さらに立派な生徒会長になっていることを心から願っているよ」

 千景先輩はそう告げると会長に握手を求めました。

 会長はそっと手を差し出して二人は固い握手を交わしました。

「為奈、風和、お別れは済んだ?」

「十分過ぎるほどに」

「心残りはもう無いわ」

「それじゃあ、去るとしようか」

 横一列に並んで校門へ向かう姉さまたちにワタシたちは自然と頭を下げて見送っていました。



生徒会議事録

 寂しくなったな。 芹沢

 来年には美沙たちが卒業生の立場なんだね。 美沙

 時の流れは速いわね。 明日香

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