たそがれ
「やぁ、生徒会長さん。大きな溜息なんて吐いてどうしたのかな?」
何の目的も無く窓の外を眺めていると、先代の生徒会長である先本千景先輩が声を掛けてきた。
「千景先輩……見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません」
「気にする事は無いよ。私も会長職に就いていた頃はよく一人で今の君みたいに溜息を吐いていたものだ」
「千景先輩が、ですか?」
千景先輩は笑顔を見せながら頷いた。
「信じられないです」
「そうだろうね。為奈も、風和も私のそんな姿は知らないはずだよ」
「でもどうして?」
「それは、私が溜息を吐く理由についてかな? それとも、為奈や風和も知らない姿を君に公表したことについてかな? その両方かな?」
「両方です」
千景先輩は優しく微笑むと、コホンと小さく咳払いをして気持ちを切り替えた。その咳払いを聞いて俺の気持ちのスイッチも切り替わった気がした。
「まずは、為奈と風和には見せなかった姿を君に公表した理由についてだけれど、答えは簡単。君が私と同じ会長職に付く人間だから。そして、私が君のことを為奈と風和よりも君を信頼しているから」
「えっ!?」
「信じられないのかな?」
一年間生徒会活動を共にしてきた為奈先輩や風和先輩よりも何度か顔を合わせただけに過ぎない俺なんかを信頼しているなんて信じられる訳が無いのだが、咳払いをして気持ちのスイッチを切り替えた千景先輩が無意味な嘘を吐く訳がなかった。
「理解は出来ないみたいだけれど、信じて貰えたようで安心したよ。次に、溜息の理由だけど、私が会長職を務めていた時に唯一叶えられなかった公約を君は覚えているかな?」
「千景先輩の公約で叶えられなかったものですか?」
会長という職を務めることになってから歴代生徒会長の公約は何度も読み返してきた。中でも千景先輩の公約は生徒手帳にメモして毎日見返すくらい身近なものになっているが、千景先輩が掲げていた公約で千景先輩が叶えられなかった公約は無かったはずだ。
「支持率100パーセント。それだけは叶えることが出来なかった」
「そんなはずは……」
千景先輩に関する記事は何度も見てきた。そこには必ず『支持率100パーセント』の文字が記されていた。
「支持率100パーセントはあくまで公式の記録に過ぎないよ。非公式の支持率は100パーセントではなかったのさ。その理由、君にはわかるだろう?」
「為奈先輩と風和先輩ですね」
「大正解。二人は絶対に私を認めなかったからね。だから私は本当の意味で完璧な生徒会長にはなれなかった。林華姫を越えられなかったのさ」
「林華姫?」
「憶えているはずだよ。先々代の生徒会長だった草木林華先輩。通称、林華姫。君が私を尊敬してくれているように、私は林華姫を敬い、目標にしていた。明才高等学校の歴史上初めて本当の意味で支持率100パーセントを達成した彼女を」
「でも、千景先輩は林華先輩を越えられなかった?」
「その通り。それ以外は林華姫を上回っていたのだけどね」
それはあからさまに自慢だったが、千景先輩が言うと自慢には聞こえなかった。
「越えられなかったから私は何度も溜息を吐いた。この話をしてしまったのは君の溜息が私の溜息と似た理由に見えたからだろうね」
千景先輩の言っていることは間違っていなかった。今の俺では千景先輩を越えられない気がしていた。今のままでは駄目だと思っていた。もっと頑張らなくてはならないと思って、その責任に押しつぶされそうになっていた。
「これは私の勝手なアドバイスだけれど、君の生徒会は君を支持している。抱えているものがあるのなら一緒に抱えてもらえば良い。たったそれだけで私なんかは軽々超えられてしまうよ」
「そんな事は」
「なら、もっと簡単な方法を教えよう。支持率100パーセントを達成する。公式にも非公式にも」
千景先輩はそう告げると俺の肩を二度叩き、そして優しく微笑んだ。
「期待しているよ。芹沢海君」
千景 「良くないよ、盗み聞きは」
明日香 「何の話ですか?」
千景 「罪は重ねるものではないよ」
明日香 「上手く隠れていたつもりでしたが」
千景 「明日香にしては上手かったよ」
千景 「私の見つける力が上回っただけで」
明日香 「流石です」
明日香 「あの、一つお願いが」
千景 「海君には言わないよ」
千景 「明日香は私の可愛い後輩だから」
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