したみ

「はぁ」

 知らなかったこととはいえ、昨日の南帆先生に対しての発言は生徒会長に就任以降最大の失態であったと感じていた俺は今日何度目かになる溜息を吐いていた。

「受験生の前で幸せを落とすのはいけない事ですね。落とすは厳禁! 現金なら落としてくれても構いません」

 聞き覚えのある声に聞き覚えのある口調、見覚えのある顔に見覚えのある制服。

「さやちゃん!? 何でここに?」

「まさか、本当に、マジでそっちの名前で憶えていてくれたとは驚きました。こんにちは。さやちゃんここに見参です」

「おう。質問に答えてくれないか?」

「スリーサイズでしたね。上から……安心してください。言いません。物陰の報道部の方、マイクとカメラを降ろしてください。生徒会長のスキャンダルではありません。話がだいぶ逸れました。超絶美少女中学生のさやちゃんが何故明才高等学校の門をくぐって校内に居るのか? という質問でしたね? 答えは簡単下見です」

「下見? あっ! そうか、明日は受験だからか」

 自分の失態で頭がいっぱいでそんな事はすっかり忘れてしまっていた。

「これでもさやちゃん緊張しています。緊張で口が回らないほどです。赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ、赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ、赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ」

「めちゃめちゃ軽やかじゃないか!」

「まぁ、受験を明日に控えて下見も完璧に終えたさやちゃんのことはどうでも良いのです。生徒会長さんは大きな溜息なんて吐いて一体どうしたのですか? ……ほう、自分の失言のせいで家事が苦手な生徒と家事が苦手な教師が手を組み、近々家事セミナーを開催してしまうかもしれないと」

「いや、その通りだけどその情報どこで仕入れた!?」

「気にしないで下さい。さやちゃん……というか烏居家は色々な壁を壊していくスタイルなので。きっとお父さんやお母さんも違うところに出てくると思います。予定は無いですが、いつかのための伏線というやつです」

 はっきり言ってさやちゃんこと烏居爽香ちゃんの言っていることは全く理解が出来なかったが、考えても理解が出来るとは思えないのでこれ以上考えないことにした。

「まぁ、さやちゃんの言う通りだよ。受験が迫っている子に話す内容ではないけれど」

「お気になさらず。さやちゃんはどう足掻いても……おっと、いけない。ここから先はネタバレだ。お困りのようならさやちゃんにお任せあれ。家事は得意中の得意なもので」

「昨日はうっかり信じてしまった手前、信じられないのだが」

「心配ご無用! さやちゃんの設定に家事の達人が加わってもさやちゃんというキャラに矛盾は発生しないので」

「設定って……考えたら負けのやつか」

「その通りです。なので、生徒会長さんは気にせずにさやちゃんの登場を二月半ほどお待ちください」

 さやちゃんにそう言われて俺の心は救われたような気がした。救われてはいないのかもしれないが。

「待っていてやるからちゃんと合格しろよ!」

「合点だ! いや、このまま落ちた方が展開的に面白いか?」

「おい、落ちるは厳禁じゃないのか?」

「わお! これは失言。明日はさやちゃんの『はぁ』という溜息からスタートか?」

「ほら、下見の時間は終わりだ。明日に供えて今日は帰りなさい」

「締めに入った。という事は、この後は議事録のコーナーだ! お楽しみに」

 誰もいない方向に向かって指をさしてそう告げるさやちゃんの背中を押している俺は自然と笑顔になっていた。



生徒会議事録

 散歩から戻ってきた途端に元気になったみたいだけど何かあった? 明日香

 面白い中学生と再会しただけだ。 芹沢

 下見の学生ですか? 七海

 明日は受験だからね。普段と違って明日の活動は休みだから注意してね。 美沙

 ミササありがとう! 忘れていたよ! 柚鈴

 受験生の皆さんには後悔しないように頑張ってもらいたいものです。 笑舞

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