奪還≒荒事
Location:とあるビルの屋上
僕はそこでタバコをくゆらせていた。紫煙が風に吹かれて散っていく。それを眺めながらも、僕の意識は耳元のイヤホンに集中していた。イヤホンからは足元の一室での会話が流れている。時折ノイズが混じるのがうざったい。
「もっと安くて性能のいい盗聴器作れないのかな」
口元のマイクはオフにしてあるから僕の独り言は誰にも聞こえない。もし聞こえていたらあとで、
「じゃあキミ作ってみてよ」
なんて無茶ぶりされるに決まっている。そんなのはごめんだ。そう思った時、イヤホンから待ちに待ったワードが聞こえた。
『では、これで取引成立だ。ブツはU港の第四倉庫にある』
僕は即座にマイクをオンにして用件だけを短く伝えた。
「U港の第四倉庫です」
そしてイヤホンを外して勢いよく屋上から飛び降りる。ビルは5階建て。生身の人間ならただではすまないだろうが、僕なら平気だ。難なく着地してそのまま走り出した。目的地は無論、U港だ。
*
Location:U港
第四倉庫の前には既に何台かの車が停まっていた。その周辺にたむろしているスーツ姿のマフィアたち。遠目から見ても分からないが、おそらく武装しているのだろう。
「先回りは失敗、か」
あいつらより先に第四倉庫に到着して目的の品をおさえるのが理想だったが、現実は厳しかったようだ。
物陰から障害となるマフィアたちの人数を確認していると、突然背後から爆音が響いた。嫌な予感とともに振り返ると、一台の大型バイクが猛スピードで一直線にこちらに向かってきていた。
バイクに気付いたのは当然僕だけではない。マフィアたちはうろたえた様子を見せつつも手にしていた拳銃をバイクに向かって撃ち始めた。それを避けるように蛇行するバイク。
「また酔狂なことを」
あの大型バイクは特注品だ。装甲だって鉄砲玉程度ではキズなんて付くはずない。多分、弾丸なんて怖くないけど、そもそも当たりませんよー、という単なるパフォーマンスだ。あの人らしいと言えばらしいが、問題はそのバイクが全く速度を落とさないことだ。
このままでは、と僕が考えるより速く、蛇行していたバイクはそのまま横転し、まるでスライディングするように停まっていた車のうちの一台に突っ込んでいった。重くて硬いもの同士がぶつかるすさまじい音が周囲に響いた。それから爆発。ガソリンに引火したのだろう。そこまでは予測できた。だが、
「爆発の規模、おかしくないか?」
そう、バイクと車がぶつかった位置に大きな火柱が上がっていた。周囲には倒れ伏すスーツ姿のマフィアたち。なんだ、あれ?あいつら、車の中に爆弾でも積んでいたのか?
「いや、違う!爆弾を積んでいたのは!」
僕がそれに気付いた時、爆発の余波をもろに受けた第四倉庫が崩れ始めた。まずい。あそこには回収を依頼されていた品物があるはず。
しかし、火柱に邪魔されて近付けないでいるうちに、第四倉庫は音を立ててぺしゃんこになってしまった。
あっという間の出来事だった。僕が苦労して仕込んだ盗聴器で得た情報は、この一瞬で無価値になった。
「あーあー、どうしようコレ」
僕も第四倉庫のように膝から崩れ落ちそうだ。そうできたらどんなにいいか。そうしないのは、
「おいおい、どうした呆然として。依頼は既に達成されているじゃないか」
そんな言葉を背中に浴びたからだった。振り返ると、そこには僕のビジネス上のパートナーの姿があった。憎らしいことに目的の品物を小脇に抱えている。
「いやー、それにしても今どきのマフィアは怖いねー。車に爆弾なんて積んだりして。危ないよねー。こうやって引火したりしたらねー」
「白々しいこと言うのはやめてくださいよ、ミネさん。爆弾積んでたの、あいつらの車じゃなくてあなたのバイクですよね?」
僕の言葉に、ミネさんは大げさに驚いた顔をした。
「ワオ!こんなところに名探偵が!」
「その顔うざいのでやめてください。だいたいなんでこんなことしたんですか?あのバイクだって、こないだ納品されて喜んでたやつじゃないですか」
「ジェニファーはしっかり役目を果たしてくれたよ。それでいいじゃないか。今更泣いたって、ジェニファーは帰ってはこないんだよ?」
「泣いてませんけど。っていうか名前付けるぐらい気に入ってたバイクに特攻させるとか、神経を疑いますが」
「あーもう!うるさいなぁ!目的達成のための尊い犠牲だよ!」
このやり取りに飽きたのだろう。ミネさんはそう言って会話を断ち切ると小脇に抱えていた品物を地面に乱暴に置いた。
「依頼されてた回収物って、これだけですか?依頼人の話だともっとたくさん……」
「あぁ、違う違う。これは『私たちの』取り分だよ」
「僕たちの?」
「思い出してごらんよ、依頼内容を。正確に。確かに回収してほしいとは言われたけど、こうも言われただろ?」
そこまで言われてやっと僕にも合点がいった。
「『回収が無理なら、せめて利用されないように全て破壊してほしい』ってね。いやー、さすがにあんな数のマフィア相手に回収は無理だったねー」
ミネさんはこの世のものとは思えない邪悪な笑顔を浮かべながらそう言い放った。僕は開いた口がふさがらなかった。そして、この人のことを真に理解できる日はきっと来ないのだろうと思った。
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