夕暮れ、公園、神隠し
夕暮れで赤く染まった公園にいるのは、私たちだけだった。
「ねぇ、本当に探すの?」
私の問いかけにのりちゃんは今更といった風に、
「そのために来たんじゃない。みおちゃん、怖いの?」
と返事をした。
「こ、怖くなんてないよ。でも、神隠しなんて結局ただの噂なんじゃないの?」
「絶対いるよ。絶対見つけて、連れていってもらうんだから」
ここじゃない何処かへ、とのりちゃんは真剣な顔をして言った。
のりちゃんはクラスで浮いていて、私以外とは話そうとしない。どうしてかは教えてくれない。
彼女は自分の周りにいる人たちが好きじゃないみたいだった。いや、明確に嫌いなんだろう。だから、別の場所、もっと言えば別の世界に行く方法を探していた。
すべり台の上に登ったり、砂場できょろきょろして、のりちゃんは神隠しを探している。私はといえば、探すふりをしながらずっと時間を気にしていた。あんまり帰りが遅くなると、またお母さんに叱られてしまう。早く諦めてくれないかな。
「いないね」
「う~ん」
「やっぱり作り話だったんだよ。もう帰ろう?」
「そんなはずないんだけど……」
その確信はどこから来るのだろうか。そう思いながら私は足元の小石を蹴飛ばした。その小石を目で追っていった時、私は気付いてしまった。その小石の影が、不意に揺らめいたことに。
「え?」
影はゆらゆらしながら伸びて、大きくなっていく。そして、音もなくその影から何かが起き上がった。
それはひょろりとした大人ぐらいの大きさの真っ黒な何かだった。
「の、のりちゃん……」
私はかすれた声でのりちゃんを呼んだ。のりちゃんもそれを見ていたらしい。視線がそれにくぎ付けになっていた。
『水族館は楽シかっタ?』
唐突に話しかけられた。でも言ってる意味が分からない。
『いロんな木の実、全部で何色?』
私が反応できないでいる間にのりちゃんはそれに近付いていく。
「あなたが、神隠しですか?」
のりちゃんが尋ねた。
『盲冥、どれダけご存じ?』
それはのりちゃんに向かって手を伸ばした。
『連れてイってほしい?』
のりちゃんはその言葉を聞いてそれの手を掴んだ。
「うん、連れていって。何処か別の場所へ」
そう言ってから、私の方に残った手を伸ばした。
「さぁ、みおちゃんも」
私はその手を取ることができなかった。
「私、行かない」
私の言葉にのりちゃんはショックを受けたような顔になった。
「なんで!?みおちゃんだって、うんざりしてるんじゃないの!?あの学校にも、家にも!私、みおちゃんだけは分かってくれるとおもっ……」
のりちゃんが言おうとしたことは最後まで言葉にならなかった。のりちゃんが手を掴んでいたそれが、のりちゃんを頭から丸呑みにしたからだった。
真っ黒なそれはのりちゃんを呑み込んですぐに元の大きさに戻った。中にのりちゃんが収まっているなんて、信じられないぐらい細身になっている。
『ウフ、ウフフフ』
それは不気味に笑いながらだんだん薄くなっていき、かき消えてしまった。のりちゃんも、何処にもいない。
翌日も、その翌日も学校にのりちゃんは来なかった。でも、クラスメイトの誰も気にしてはいないようだった。
それから数日の間、私は学校が終わるとあの公園にのりちゃんを探しに行った。でも、のりちゃんどころかあの真っ黒な何かすら見つけることができなかった。彼女はどこに行ってしまったんだろう。あれに食べられてしまったんだろうか。のりちゃんの望んだ通り、別の場所に行けたことを願うことしか、今の私にできることはなかった。
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