第116話 ピンチヒッター
急に現れた大地君の腕を肩にかけ、立ち上がろうとしてもビクリともしない。
『カオリさんなら立ち上がれるのに…』と思っていると、ユウゴ君とケイスケ君が事務所に戻ってきた。
ユウゴ君は大地君を見るなり「何してんだバカ。絶対安静って言われてんだろ?ピンチヒッター拉致って来たから寝てろよ」と言い、大地君はユウゴ君に担がれて2階へ。
ケイスケ君が買ってきてくれたサンドイッチを受け取ると、ケイスケ君は「大地、何日も寝てないんだよね。俺らは休憩室とか、2階とかで寝てるんだけど、親会社行ったりしてたから、作業が滞っちゃってさ…」と言い、ため息交じりにおにぎりを食べ始めた。
「仕事戻ってきたの?」
「うん。 完全に戻ったし、アニメ配信のおかげで新規依頼も増えてさ、今はあゆみちゃんも制作してるよ。 けど、最終チェックの大地があの状態だからさ。 みんな切羽詰まってるよ」
「そっか…」と言った後、サンドイッチを食べながら作業をしていると、ユウゴ君が1階に降りてきた。
ユウゴ君は椅子に座った後「カオリの案件、先にやれって。伝言」とだけ言い、勢いよくお弁当を食べ始めた。
一つの作業を終わらせた後、ファイルの山からカオリさんの案件を探し出し、作業を始めた。
『今回のは複雑じゃないし、これなら30分でいける』
そう思い、自分の中でタイムアタックを始める。
全てを知り尽くしたカオリさんの案件だからこそできる事なんだけど、それを見ていたケイスケ君とユウゴ君は、呆気に取られてしまったようで、呆然としていた。
30分を少し過ぎた頃、作業を終えると、ユウゴ君が「お前戻って来れないの?」と聞いてきた。
少し考え「光輝社長次第です」とだけ言うと、ユウゴ君は「えー… あの兄貴怖ぇんだよなぁ… お前が戻りたいって言えば聞き入れてくれるんじゃね?」と切り出してきた。
「多分無理ですよ。私も怖いもん」と本音を言うと、ケイスケ君は「ですよねぇ… あの人に立ち向かえるのは大地だけだよなぁ」と言い、ため息をついていた。
そのまま作業を続け、ファイルの山を三分の一ほど崩した後、時計を見ると始発時間の少し前。
ユウゴ君に「帰っていい?」と聞いてみると、ユウゴ君は「ダメ。眠いなら上行け」と言い、あくびをしながら休憩室へ。
ケイスケ君は大きく伸びをした後、「俺も寝よう」と言い、休憩室の中へ消えてしまった。
『上に行け』と言われても、2階には熱を出して寝込んでいる大地君がいるし、起こすのは悪いと思い、デスクに突っ伏して仮眠を取っていた。
そのまま少し眠っていると、肩を叩かれ、顔を上げると、おでこに冷却シートを張り付けた、ジャージ姿の大地君が「上行こう」と、かすれた声で囁くように声をかけてきた。
「ここで良い」って言ったんだけど、大地君は何かを言おうとして咳き込んでしまい、『ったく…』と思いながら背中をさする。
大地君は咳き込みながら、上を指さし、仕方なく2階に行くことに。
部屋に入るとすぐに、大地君はソファに座り「ごめん」とかすれた声で言ってきた。
「良いから、ベッドで寝ててください」と言うと、大地君はまたしても咳き込んでしまい、言葉が出ない。
「ちゃんと寝てないと、ピンチヒッター帰っちゃうよ?」と言うと、大地君はゆっくりと立ち上がり、私の手を握りながら咳き込み、ベッドの中に潜り込もうとした。
「移るからダメです」と言うと、大地君はかすれた声で「髪、触っていい?」と…
黙ったままベッドの横に座ると、大地君はベッドに潜り込み、しばらくの間、私の髪を撫でた後、手を握りながら寝息を立てていた。
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