第28話 静寂
「おつかれさまでーす」と小声で言いながら、ゆっくりとドアを開ける。
鍵は開いていたんだけど、事務所の電気は消えていて、シーンっと静まり返っていた。
『かけ忘れ? 不用心だなぁ…』と思いながら、誰かが入ってきたら怖いので、念のために鍵をかける。
足音を忍ばせながら休憩室のドアを開けると、電気は消えていたんだけど、テーブルに置かれたノートパソコンが煌々と光を放ち、数枚の資料と、汗をかいた缶ビールが並んでいて、よく見ると、私服姿の木村君が、ソファで寝息を立てていた。
物音を立てないように移動し、静かにロッカーを開けると、携帯はひざ掛けの上に置いてあった。
『あった!よかったぁ』と思いながらふと見ると、木村君は寝返りを打ち、こちらに背を向けていた。
『風邪ひいちゃう…』と思い、ひざ掛けを手に持ち、そーっと木村君にかけてあげる。
その時にふとノートパソコンを見ると、CG素材が製作途中で映されていた。
『CG? 作ってって言えばいいのに… そういえば最近CG素材、作ってないなぁ』
そう思いながら資料を見ると、創作意欲がふつふつと湧いてしまい…
木村君に背を向けて地べたに座り、静かに作業を始めた。
『ちょっとだけ弄っちゃったら怒られるかな? 怒られたら謝ればいっか』
そう思いながらしばらく作っていると、何かが優しく髪に触れてきた。
「…帰んないのか?」
寝ぼけた声の木村君は、私の髪を撫でながら言ってきた。
初めてされる感覚と、優しい心地よさを感じながら「携帯忘れちゃったんです」と答えると、木村君は「そっか…」と言いながら髪を撫で続けた。
しばらくの沈黙の後、「…CGもできるんだな」と、小さな声で言われ、「はい。前職の時に教わりました」と、小さく答えた。
その後も静寂の中、木村君は私の髪を撫でながら、時々ポツリポツリと話しかけ、私もポツリポツリと答える。
少しすると、木村君は手を止め、大きなため息をついた。
『…もっと触ってほしい』
ふとそんなことを思った時、激しい頭痛が押し寄せてきて、思わず手を止め、下を向いてしまった。
少しだけ頭痛が引いてきたタイミングで、慌てて鞄から薬と水を探し出し、急いで飲み込んだ。
「…薬、まだ飲んでるんだ」
「はい。最近、片頭痛がすごくて…」
「悪い。無理させてる」
「いえ… 前職に比べたら全然ですよ」
「…ごめん」
「社長っていつも謝ってばかりですよね。良いんですよ。気にしないで」と言いながら木村君の方へ顔を向けると、木村君は黙ったまま私の頬に触れた。
大きな掌で私の頬に手を当て、親指でなぞるように唇を撫でた後、ゆっくりと起き上がり、顔を近づけてくる…
心臓が飛び跳ねるように動き出し、息が詰まりそうになる…
あと5センチ近づいたら…
その時突然、ガチャガチャと扉を開ける音がし、慌ててパソコンに顔を向けた。
「なんだぁ?真っ暗で。あれ?美香じゃん」
声と同時に、部屋の電気が煌々とつき、赤ら顔のユウゴ君がドアの前に立っていた。
『んのやろ…』そう思うと同時に、沸々と怒りが込み上げてきたんだけど
『あれ?なんで私ムカついてんの?』と思うと、怒りが引いてきた。
木村君は寝ころんだまま「どうした?」と聞くと、ユウゴ君は「ん?酒無くなったから取りに来た」と…
「自分で買わないんですか?」と聞くと、「お中元で腐るほどもらうんだよ?賞味期限切れたら飲めないじゃん。もったいないお化け出るよ?」と…
「つまり、自腹切りたくないってことですね」とため息交じりに言うと、ユウゴ君は「しょーゆーことー」と言い、段ボールに入っていた缶ビールを取り出して一口。
パソコンを覗き込んだ後、「CG?美香が作ってんの?ってかさ、この前ネットで見たんだけど、アニメのオープニングでめっちゃかっこいいのがあってさぁ!」と言い、パソコンを弄り始めた。
そこに映っていたのは、私が前職の時に参加したプロジェクトで、一部オープニングを手掛けたもの。
木村君はそれを見て「ホントだ。漫画の雰囲気壊してないしマジすげぇな」と言い、ユウゴ君も「だろだろ?マジ凄くね?」と興奮状態。
にっこりと笑顔で「お褒めのお言葉、ありがとうございます」と言うと、ユウゴ君は「は?お前に言ってねぇよ」と悪態をついた。
無言でマウスを弄り、クレジットの流れるシーンを見せ、小さく自分の名前が書かれたところを指さした。
再度笑顔で「ありがとうございます」と言うと、二人は黙ったまま呆然としていた。
ユウゴ君は呆然としたまま「ごめんなさい。今までの失礼な言動、お詫び申し上げます。完敗です」と言い、シュンとしたままビールを飲んでいた。
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