episode7.それぞれの正解

真実を暴く道

「世界の常識が……?」


 アオは怪訝な表情で問い返した。ソラは言葉は発さないまま頷きだけでそれを肯定する。特別室の床に満ちた水は、二人の足元に波紋を広げながら、ただ静寂を保っていた。


「ど、どういう意味?」

「そのままだよ。でもそれは今、俺が説明することじゃないし、説明したところでアオは納得しない」

「そんなの」


 わからない、と続く前にソラは否定を被せた。


「納得しないんだよ。俺にはわかる。だって一番そう思ってるのは俺だから」

「納得出来ないのに確かめに来たの?」

「逆だよ。だからこそ確かめに来たんだ」


 アオは理解出来ないと言いたげに首を傾げた。


「確かめなきゃいけないの? それがソラの言うとおり、世界をひっくり返すようなものだとしても」

「そうだ」

「放っておくわけにはいかないの?」

「そしたら俺は後悔する。寿命がきて、あの車に乗せられる時までずっと。だから今しかないんだよ」


 ソラはアオに手を伸ばし、その右手首を掴んだ。一瞬、アオは驚いたように手を引っ込めようとしたが、それよりもソラが手首を握り込むほうが早かった。アオの手首は少し冷えていて、それが掌へと伝わる。


「アオが見たくないなら見なくていいよ。確かめたいだけだから。それが世界をひっくり返すようなものでも、俺だけの秘密にしておく」

「それは……ソラだけが秘密を背負うって意味?」

「わざわざ世界を混乱させることもないだろ」


 諭すように優しい口調で言えば、アオは大きな溜息でそれに応じた。互いに聞き分けのない子供に接するような態度だったが、アオの表情のほうが幾分、怒りの混じったものだった。


「だから、そういうところが自分勝手なんだよ」

「何がだよ」

「自分一人で何でもやろうとするところ。僕の権限を使って確認しようとしてるんでしょ。だったらキッチリ巻き込みなよ」


 アオは手を掴まれたまま、部屋の奥に向かって歩き出す。掴んでいるのはソラなのに、まるでアオが引きずっているかのような格好になった。

 青く光るパネルの前に立ったアオは、ソラに静かにしているように促すと、正面を向いたまま口を開いた。


「音声認証。ハレルヤへのアクセス権限」


 床が淡く発光し、パネルに文字が浮かび上がる。


『アクセス権を確認しました。アクセス理由を開示してください』

「前回適用した政策のデータ修正です」

『データベースの修正を許可します』


 そのやり取りの後に、パネル上にコマンドを入力するための画面と、キーボードが表示された。

 アオは少し考えた後に、何かのコマンドを入力する。すると一瞬だけ画面が静止してから、背景の色が赤に切り替わった。


「これは?」

「一定以上の権限でハレルヤにアクセスしていることを知らせる仕組みになってるんだ。誤動作防止ってところかな。使い方わかる?」

「あぁ」


 アオに場所を譲られたソラは、パネルの前に立つと、白い服の袖を少し捲った。布が無くなった分、少し軽くなった両手をキーボードの上に置く。人が操作するには少し大きいように感じるが、今のソラにとってキーボードの大小は大した問題ではなかった。危険を冒してまで見たかったデータが、あと少しの場所にある。そう考えるだけで、脳の中に氷を投げ込まれたかのような興奮が身体を走った。


「操作上、まずいことしてたら止めてくれよ」

「まずいことなら既に沢山してるけど」


 アオが落ち着いた口調で言うのに、思わず笑う。癇癪持ちで我儘な片割れは、酷く冷静な一面も持っていたことを思い出した。それは大抵の場合、ソラがアオの意見を聞いていなかったり、子供っぽい口論がひと段落した時に出てくるものだった。きっと今もそれと同じなのだろう、とソラは解釈する。

 データベースを操作するための画面に、いくつかのコマンドを発行して、ハレルヤの端末内部へとアクセスする。何度か背景の赤が動いたが、アオは何も言わなかった。


「えーっと、ここがルートディレクトリだから……よし、これで……」

「ソラってさ、黙って作業できないの?」

「出来るけど、口に出す方が整理しやすいだろ。アオは違うのか?」

「政策を作るときは喋ってはいけないって定義されてるから」

「なるほどな」


 雑談をしながらも、ソラの手は止まらない。次々と階層を切り替えながら、目当ての場所へと迫っていく。


「そういえば、さっき選別日の話をしかけたじゃない」

「ん? あぁ」

「あれでしょ。砂のお城。二人で作ったやつ」


 アオが呟くように言った言葉に、ソラは意外な気持ちで頷いた。


「覚えてたのか」

「流石に忘れないでしょ……。あの時もソラは一人でお城直しちゃって、凄いなとは思ったけど、ちょっと悲しかった」

「選別日だって知ってたら二人で作ったよ」

「嘘だね。ソラは一人でやったよ」


 見透かした言葉だった。否定を返そうとしたソラだったが、あまり意味がないことに気がつくと苦笑を零す。


「もう一度、お城作りたかったな。上層区には砂場ないんだよ」

「下層区にもねえよ。あるけど、城が作れるほど綺麗な砂じゃないし、それに一人じゃつまらない」


 画面が何度か切り替わる。ソラはそれを目で追いながら続けた。


「砂の城、アオはわざと壊しただろ。俺は作り直せばいいと思ってたけど」

「うん。そうすれば誰にも取られない」

「意見が合わないんだよな、いっつも。だからまた一緒に砂の城作っても、同じ結果になりそうな気がする」

「試してみる?」

「砂場がないとな、それには」


 ソラの指がパネルの上のキーボードを叩いた。音もなく画面に大量の文字列が展開する。それを見て、ソラは口角を引き攣らせるようにして笑った。


「選別用のプログラムコードだ」

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