第55話 大晦日とお正月その2

 翌日の元旦はかなりの大忙しだった。

 深夜にカウントダウン配信をやったせいで眠気がすごいことになったけど、儀式や行事といったものは滞りなく終わり、今は挨拶廻りが始まっていた。


「我ら妖狐族の長、天津様、そしてご家族様。この度は誠におめでとうございます」

「おめでとうございます」

 団体であったり一組ずつであったりと挨拶に来る人が途切れることはない。

「うむ。新年あけましておめでとう。今年も皆の力を借りたく思うぞ」

「ははっ」

 一段高い場所から見下ろしながらお母様はずっとそう挨拶をし、補佐の宗親お兄様と葵姉様がお守りと証書を渡していく。

「これはっ! いやはや、元旦からなんと縁起の良いこと」

「ありがたく頂戴いたします」

「帰り際にメイドよりお土産を受け取るのを忘れませんように」

「はい」

「ありがとうございます」

 こうして挨拶に来た客人は帰っていくことになる。

 ちなみに、お兄様が渡したお守りは非売品の無病息災と家内安全、そして商売繁盛のお守りだ。

 特別製なので本当に効果があるからか、みんな欲しがる逸品だったりする。

 葵姉さまが渡す証書は挨拶に来た人であることを証明する文言が書かれている。

 それと同時に、お母様の加護を受けられる証ともなっていたりもする。

「さて、一通りの挨拶は終わったようじゃから、次へと行くかのぅ」

 お母様はそう言うとボクの手を引いて立ち上がる。

「次はあーちゃんたちでしたっけ?」

「そうじゃ。朝から神社の最奥の寝殿に閉じ込められておるから、そろそろストレスが爆発するころじゃろう」

「あはは……」

 妖精郷のお正月はちょっと変わっている。

 元旦は朝の九時から三十分ほど奉納舞が行われ、その後神事が執り行われることになっている。

 それから午前十時から午後二時までは新年の挨拶が行われ、これが三が日の間ずっと繰り返される。

 ボクの出番はこの三十分だけだから気が楽だけど、兄様たちはこのあと神事にも参加しなければいけないから大変そうだ。

「はぁ。お正月は本当に忙しい。お昼を食べる時間もなかったね」

「兄様はまだいいでしょう。私などこのあと希望者に似顔絵などを描かなければいけないのですよ?」

「葵の気持ちはよくわかるけど、私の気持ちもそれとなく理解してほしい」

「はぁ。仕方ありませんね。暮葉ちゃん? このあとは十分気を付けるんですよ? 天照様の抱き枕にされないようにね」

「あ、うん。なんとか頑張ってみるよ」

「本当に油断ならないんだから」

「あはは……」

 葵姉様はそういうものの、ボクには逃げ切れる自信がない。

「私も止めたいところですけど、たぶんスサノオ様が暴れるのでクシナダさんと一緒に止める係になりそうですね」

「スサノオ兄様ってお酒飲むと暴れるからね~」

「あとで久遠ちゃんも来るからお酌でもしてもらおうかな」

「弥生姉様、また久遠さんを生贄にするつもりで?」

「人聞きの悪いこと言わないの。クシナダちゃんも久遠ちゃん来ると機嫌良くなるし、心強い援軍になるかな~なんてね」

「あ~。久遠さんかわいそうに」

 そんな話をしながらボクたちは屋敷の奥にある庭園へと向かった。


「やっぱりいつ来てもここは暖かいですね」

 妖精郷自体も暖かいほうだが、ここは春のような陽気が感じられる場所になっている。

 何やら色々と細工しているらしいのだけど、実はよくわかっていない。まぁ冬だけど暖かいならいいよね?

「あ~……。しぬぅ。癒しが、ほしぃ……」

「姉上、気を確かに。もうすぐ着きますよ」

「スサ君ありがとねぇ。でも宴会で暴れたら張り倒すから」

「わ、わかっておりますって。飲みすぎなければ大丈夫ですから」

「ツクも一緒に戦う」

「いや、ツクヨミよ。月読に怒られるからやめなさい」

「なんでよ~、もー」

 庭園の別の入り口からにぎやかな一団が入ってきた。あーちゃんたちだ。

「くんくん。くんくん。この匂いは、くーちゃん!! それと、そこの柱に雫ちゃん!!」

「ふぇええ!?」

「ひぃぃぃぃぃ」

 そういうや否や、あーちゃんが雫ちゃんをがっと捕まえるとボクのところへ一足飛びで飛んできた。

 にやけ顔で雫ちゃんをお姫様抱っこしながら飛んでくるその姿は、非常に絵面が悪い。

 ちょっとしたホラーそのものである。

「あ~、くーちゃんに雫ちゃん。癒しが二人。癒しが二人。大事なことなので二回言いました」

「アマテラス様、苦しいです」

「雫ちゃん、しっぽモフモフしてもいい?」

「え? あ~えっと。は、はい……」

「やったー!!」

 雫ちゃんに許可をもらったあーちゃんはさっそく雫ちゃんのしっぽをもふり始めた。それはいいけど、せめて始まってからにしない?

「あとにせいあとに」

 見かねたお母様があーちゃんにそう注意する。

「もー、あまつちゃんひどい。まぁでもそうね、あとでたっぷりもふりましょうか。くーちゃんもね」

「えー」

 どうやらあーちゃんはボクにも目を付けたようだ。


「あ、あねうぇぇぇ……。ちょっと暴れそうになったからって叩きのめさなくても……」

 宴会が始まってから1時間。いい感じにお酒が入ってきて大胆になってきたスサノオ兄様を容赦なく叩きのめすあーちゃんがそこにいた。

「新年くらい暴れちゃだめよ? 今回はあたしだって頑張ったんだから」

「それはそうとして、そろそろ放してくれませんか……?」

「くーちゃんが来るまで変わりしててほしーなー」

「やー! くーちゃんはツクと一緒にいるのー!」

「ツクヨミ様、落ち着いてください。は~い、お菓子ですよ~」

「カオスじゃのぅ」

「神様たちは自由ですから」

「ツク、次は何食べる?」

「くーちゃんのつくったおあげー!!」

 宴会の会場は非常にカオスな状況になっていた。各々が欲望の限りを尽くすのでまったく収拾がついていない。

「くーちゃ~ん、そろそろこっちきてよ~」

「アマテラス姉様はわがままなの! ツクはたまにしかこれないんだからいいじゃない」

「そんなこと言われても~……」

「あーちゃんってなんだかんだいって姉弟姉妹に甘いよね~」

 あーちゃんは雫ちゃんのしっぽを枕代わりにして楽しんでいるし、スサノオ兄様は伸されて地面に突っ伏している。

 お母様はあきれ顔をしつつも楽しんでいる様子だし、弥生姉様はお酌をしたりクシナダ姉様と談笑しつつサポートに回ったりしていた。

 そんなボクはというと、久遠さんと一緒にツクのそばにいる。

 ツクはボクのしっぽがお気に入りな様子で、触ったり頬ずりしたりしながらニコニコしていた。

「お~い、追加もってきたぜ~」

 入り口のほうからそんな声が聞こえてきた。酒呑童子たちだ。

「神族と鬼が入り乱れる宴会なぞ、ここくらいなものかのぅ」

「あはは……」

 お母様はそう言うけど、この光景ももはやお正月の風物詩といっても過言ではないと思う。

「なんだなんだ? もう出来上がってんのかよ。おわっ、スサノオはなんで地面に半分埋まってんだ?」

「酒呑童子よ、助けてくれまいか」

「だ~めよ。反省するまでそのまんまよ」

「ぐぬぬ……」

「あ~、なんだかよくわかんねえけど、そのままでいいってこったな。あとで亜寿沙姉来るからよろしくだってよ。それはそうと、おい黒奈。なんでお前は俺の背中に隠れてやがんだ」

「ツクがいる……」

「あー! ねこたん!!」

「げげ、きた」

「あ、おい黒奈!?」

 どうやら黒奈は酒呑童子と一緒に来たようだが、猫好きでもあるツクにさっそく見つかってしまったようだ。

 ツクはすごい勢いで逃げる黒奈を追いかけて庭を走っていってしまった。

 目的は黒奈のしっぽだろう。

 ちなみに黒奈は過剰に構われるのは苦手らしく、寄ってこられると逃げ出す性質がある。

「まてまてー、ねこたーん」

「く、くるにゃー!!」

「あはははは、ねこみたーい」

 うん、なんだろうこれは。

 こうして宴会の人時は過ぎていくのだった。

 あ、大みそか配信の様子は後日教えるからよろしくね。

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