第7話 小さな城
よく晴れた春の空の下。復興途中の村では、ルヴィとロイが新しい小屋の建設を始めていた。
ロイとシエラの仮の宿となる小屋だ。ここしばらくは天気が良いが、雨が降っては天幕で過ごすのは辛くなる。早めに作った方が良いだろう、とルヴィが提案した。
建設に慣れているルヴィが作業をしながらロイに指示を出し、ロイは素直に手伝いをしている。
「しっかし、知ってるのと実際にやるのじゃ随分と違うもんだな」
梁として架ける木材を肩で支えながら、ロイは新鮮な驚きの浮かんだ顔で言う。
「ん? ああ、大抵のことはそんなものじゃないか? 俺も村の長になると決めてからは、知っているつもりだったことが全然足りないことに気が付いたものだ。まあ、今も勉強中の身だけどな」
会話をしながらも、ルヴィはロイの支える木材を固定した柱へと嵌めていく。
2人は小屋を作るのに釘の類をほとんど使っていない。辺境の村では金属類は高価なものであり、この周辺では柱を欠いて組み合わせるか、丈夫な皮の紐を使うのが主流だった。
ゴンゴンと、木槌で木材同士の組み具合を確認しながら、ルヴィはロイへと問いかける。
「というか、ロイは建築についての知識もあるのか?」
期待混じりの質問だ。村の住人だけで家が建てられるのなら、外の大工に依頼する分の金が浮く。村の復興には甘く見積もってもかなりの資金が必要なので、少しでも出費を減らせるのならルヴィとしては大歓迎だ。
「悪いが知識がある、というほどのもんじゃないな。何冊か本を読んだことがあるだけだ。本の中身も、でかい建物を石で造る場合の重量の分散方法、とかって内容だった。あんまり役に立てそうにない」
確かに、と、ルヴィは周囲を見渡す。視界に入るのは大部分が緑色だ。こんな辺鄙な場所で、自重で潰れる心配があるような立派な石造りの建物は不要だろう。
「城でも建てるなら役に立つかもしれないな」
「くくく、どこかのお姫様でも攫ってくるか?」
ロイの冗談に笑いながら、ルヴィは手を止めて視線を外した。つられてロイも振り向けば、昼食の用意をしていた女性陣が手を振っているのが見えた。
「ルヴィさ~ん、ロイさ~ん、ご飯できましたよ~!」
エミリーの呼ぶ声に、ルヴィとロイは目を合わせる。
「続きは昼食の後だな。休憩にしよう」
「あいよ」
工具を置き、軽く汚れを払い、2人は笑顔を浮かべる女性たちの元へと歩く。その途中で、ルヴィがポツリと呟いた。
「ここでは麗しい姫君よりも、働き者の村娘の方がいい」
「ははっ、違いねえ」
男2人は低く笑いながら、働き者の女性たちへ向けて足を進ませた。
透き通るような空の下。簡素なテーブルを囲み、ルヴィ達は横に倒した丸太に腰かけて昼食を摂っている。食事のために口を動かしながらも、会話が途切れることはない。
やる事が山積みのこの村では、食事の席は情報共有の場でもあるのだ。
「俺とロイは午後からも小屋の建設をするが、この分だと今日中には終わりそうだな」
「わあ、早いですね!」
「ああ。明日まで掛かると思っていたんだけどな」
言いながら、ルヴィはロイへと視線を向ける。ルヴィの目に気が付いたロイはニヤリと笑った。
ルヴィとしてはロイとの作業はもう少し手間取ると思っていたのだが、予想以上にロイの動きが良かった。見た目の印象よりも体力があり、何よりも要領が良い。ルヴィにとっては嬉しい誤算だ。
「今日で俺らの城を完成させるとして、明日からはどうする? 金策の方を手伝うか?」
お城? と首を傾げるエミリーの隣で、ルヴィは随分と小さな城だと笑った。その笑みのまま、ルヴィは思考を回す。今の村には何もかもが足りない。やるべき仕事は山ほどある。
「一応聞いておくが、森は歩けるか?」
「無理だな。俺もシエラも、木々より人の群れの中にいた方が長い」
予想通りの回答に頷いて、ルヴィは少し考え込む。
「……金策。エミリーの加工の手伝いは手が足りている。素材の採取が俺一人なら、加工する人間が多くても余るだけだ」
ルヴィは優秀な狩人ではあるが、森は広く、目当ての物がいくらでも手に入る訳ではない。それに日々の食糧の採取もある。どんなに頑張ったとしても、素材の採取量には限りがあった。
「それなら他にやることは?」
「……やることは山積みだが、優先したいのは畑だな」
森での狩りと採取だけで食べて行くのは難しい。獲物が必ず獲れる保証はなく、季節によっては採取物が減る。
作物を栽培してある程度の自給自足を実現しなければ、辺境の村は生きてはいけない。
ルヴィの言葉に、ロイは深く頷いた。
「ああ確かに、土の改良には時間が要るもんだ。早く手を付けるのは正解だと思うぜ。了解だ。それは俺とシエラが受け持つ。まあ、何とかなるだろ。野菜を育てたことはないが、花のために土を弄ったことはある」
ロイと花、という組み合わせに、ルヴィは意外だと感じた。飄々としたロイが花壇を整える様子は上手く想像ができない。
そもそも辺境の村での暮らしが長かったルヴィとしては、食えもしない花を育てる感覚が良く分からなかった。かつて村で育てていた香草類も綺麗な花を咲かせたが、あれはあくまで食べるためのものだ。
もしかしたらロイではなくシエラの趣味なのだろうか。ルヴィはそう思ってロイの隣で楚々として食事を進めるシエラを見るが、ロイを立てているのか会話に入ってくるつもりはないらしい。
仕方ないので直接ロイに聞いてみることにする。
「……花が好きなのか?」
「ああ。好きだぜ。何せ――」
自嘲するように、ロイは口の端を上げる。
「花は綺麗に咲いても、人と違って口を利かないからな」
ロイの笑みの向こうにある感情を、ルヴィは読み取ることができなかった。ただ、これ以上踏み込むのはやめておくことにした。この村では過去も素性も問わないと決めている。
「分かった。それじゃあ、畑については2人に任せる。元の畑があった場所を使うのがいいだろう」
ルヴィはかつて畑だった場所へと目を向ける。他の3人も、その視線の先を追った。
「ああ。そうさせてもらう。一から耕すよりは余程楽だろうからな。それで畑……は、どこだ?」
ルヴィの見ているだろう場所に目を向けながら、ロイは眉を寄せる。畑の場所がまったく分からない、という表情だ。
その顔に、無理もないな、とルヴィは笑みを浮かべる。かつての畑の跡地は、野生化した作物と雑草が絡み合う草原になっている。過去の記憶と照らし合わせなければ、ルヴィであっても畑だとは思わなかっただろう。
「畑の場所は俺が明日案内しよう。ついでに目印の杭でも打っておく。あとは……草刈りだな」
季節は春。4人の視線の先では、伸び始めた緑が豊かに揺れていた。草刈りはかなりの重労働になるだろう。
「ははっ、しばらく飼葉には困らなそうだ」
ロイの言葉に全員が笑い、会話が一段落したことで食事が再開された。野草のスープを口に運んだところで、ルヴィは隣からの視線に気づく。
スープを口にしたルヴィを、エミリーが不安と期待の籠った目を見つめているところだった。
表情を作る必要もなく、ルヴィは自然と笑顔になる。
「美味いよ、エミリー。料理の腕を上げたな」
本心からの感想だ。食材も調味料も足りない中でありながら、料理はそれを感じさせないくらいに美味だった。
ルヴィの褒め言葉に、エミリーは輝くほどの笑顔を浮かべる。
「うふふ。シエラさんにお料理のコツを教えてもらったんです」
その言葉にルヴィがシエラを見れば、シエラは謙遜するように微笑んでいた。
「上達は、エミリーさんの熱意の顕れですよ」
シエラの言葉に、エミリーは照れたように笑う。
「どんなコツを聞いたんだ?」
シエラに目で軽く礼をしてから、ルヴィはエミリーへと問いかける。その質問にエミリーは一瞬シエラと目を合わせ、少し顔を赤くしてから答えた。
「ふふ、ルヴィさんには内緒です」
その答えを聞いたルヴィの顔を見てロイが笑い、つられて全員が笑う。春の空の下の昼食は、穏やかに続いた。
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