第760話 闇に差す朱色

「大丈夫か!」


 尋ねてみるも、返事はない。


「くそっ。ファーストエイド!」


 全力で医療魔法をかけるが、どうにも治りが悪い。

 なんでだよ。いつもなら一瞬でどんな傷も治せるっていうのに。


「ファルトゥールの霧をしこたま吸ったせいじゃろうな。〈妙なる祈り〉の力が制限されておるのじゃ。おぬしも、この娘もな」


 隣でサラを覗き込むアカネが呟く。


「なにか方法はないのか? このままじゃサラが……!」


「うろたえるな。大の男が情けない」


「でもよ!」


 サラの命は今にも尽きてしまいそうだ。呼吸は徐々に弱っていってるし、血も相当流している。

 正直、俺はかなり焦っていた。


「これを使うのじゃ」


 アカネは袖から、なにやらペンダントを取り出す。


「それって」


「そうじゃ。アイテムボックスじゃよ」


 二年前、亜人戦争のときにサラを収納したマジックアイテム。いわゆる四次元的なポケットと同じ効果を持つものだ。


「そうか。この中に保管された生物は時間を止める。サラを入れて、ひとまず凌ぐってわけだな」


「そういうことじゃ。こんなこともあろうかと、わらわが預かっておった」


 アカネはペンダントを光らせ、サラにかざす。

 すると、サラは光になってペンダントに吸い込まれていった。


「すまんサラ。今はこれしか方法がない」


「二度もアイテムボックスに収められるとは、難儀な人生じゃのう」


「おい。こんな時に茶化すなよ」


「安心せい。この娘は必ず救うのじゃ」


 ペンダントを首から下げるアカネ。

 俺達は、濃霧の闇の中で二人きりになっていた。


「現状確認といこうかの」


「……ああ。頼む。俺には何が何やら」


「それこそがファルトゥールの狙いじゃ。法理の光と呼ばれる女神ゆえ、その存在は通常の法則から外れたところにある」


「どういうことだ」


「マーテリアが物質を司る神ならば、ファルトゥールは目に見えない理を司る神なのじゃ。その中には、心や精神、記憶といったものも含まれておる」


「じゃあ、さっきの世界は……」


「濃霧がおぬしの精神に作用して作りあげた、新たな世界じゃ」


「新たな世界? 幻じゃなくてか?」


「そうじゃ。さっきまでの世界は、たしかにそこに存在していた。わらわが破壊してやったがの」


 かかか、と得意気に笑うアカネ。


「ここから出られるのか?」


「その為には、濃霧の最奥まで行かねばならん。そこに何があるかは、まさしく神のみぞ知るといったところじゃ」


「だったら、早く行こうぜ。サラを治すために脱出したいし、グランオーリスにも行かないといけないんだ」


「慌てるなと言ったじゃろう。幸か不幸か。この霧の中は空間の閉塞を起こしておる。外界とは時間の流れが違うじゃろう。脱出の際、ここに入った瞬間の時間軸に戻ればよい」


「……そりゃ、助かるが」


 のじゃロリモードのアカネを見つめ、俺はすこし気持ちを落ち着ける。


「アカネは、どうしてファルトゥールの力について詳しいんだ?」


「年季が違う、と言いたいところじゃが」


「ふむ?」


「わらわはこの世界に戻ってきてから、ずうっと奴を追っておったのじゃ。エンディオーネとの戦いの後、〈座〉にも帰らず姿をくらましておったからの。何か企んでおると踏んだのじゃ」


「それで、ファルトゥールの力を把握したってか」


「そうじゃ」


「すごい」


 先見の明というのがある。

 行き当たりばったりの俺とは、大違いだな。

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