第759話 疼き出す世界

「ロートス。はよ水晶に触れんか。みな、待っておるぞ」


「ああ。すみません」


 俺は水晶玉に向き直り、再び手を伸ばす。


「だめっ……ごしゅじんさま……スキ、ルは――」


 ああもう。うるさいな。

 この世界じゃ、十三歳になったら誰もがスキルを得るんだ。それを邪魔することは何人たりとも許されない。


「ほら、手伝ってあげるよ」


 俺の手首を、白骨化した手が掴んだ。


「メイさん?」


 隣には、顔の肉がずり落ち、頭蓋骨が露出しているメイさんがにこやかに笑っていた。

 瞼もどろっと溶けて、眼球がぶらんとぶら下がっている。


「ね? ほら」


 メイさんの骨の手が、俺の手を水晶に近づける。

 これで俺も、スキルを授かることができる。女神の恩恵を享けることができるんだ。

 しかしはたして、それは正しいのだろうか。


「あれ? ローくん、どうしたんだい?」


 手を止めた俺を見て、頭蓋骨が首を捻った。穴だらけのドクロはもはや男か女かもわからない。


「いや。柄にもなく緊張してるみたいだ」


「珍しい」


「そうかな」


 俺は水晶玉を凝視する。そこには青白い光が渦巻いていた。


「ごしゅじんさま……どうか、目を……覚まして」


 死にかけの亜人がなにやら言っているなぁ。

 まぁいいや。


 俺は意を決して、水晶玉に触れた。

 その瞬間。


「おっ――」


 水晶玉に大きな亀裂が走り、粉々に砕け散った。

 まるで大きなガラスが割れるような音が鳴り、鋭利な破片となって教会に飛散する。

 それはまるで炸裂弾であり、降り注いだ破片は村人達の五体をバラバラに引き裂いて吹き飛ばしていった。

 最も近くにいたはずの俺は不思議とまったくの無傷だったが、その代わり神父と白骨が水晶玉と同じ末路を辿っていた。


「世話が焼けるのう」


 いつからそこにいたのだろう。

 教会の片隅で、壁に背を預けて腕を組む幼い少女の姿があった。黒い髪。赤い着物。日本人然とした顔立ちは、しかしあまりにも美しく、また愛嬌があった。


「この程度の毒にやられるとは、〈座〉に至ったとは思えん拙さじゃ。さしずめ、脳筋と言ったところかの」


 和装の少女はやれやれと首を振り、次いで指を鳴らす。

 世界が崩壊した。


 風景が粉砕され、その隙間に黒い空間が現れる。

 割れた世界はさらに砕け、またさらに砕け、徐々に小さくなっていく。


 そして世界から一切の色が消え、完全なる暗黒と化す。

 光のない世界に浮き彫りになっているのは、俺と、和装の少女と、瀕死の亜人。その三人だけ。


「今回ばかりはファルトゥールにしてやられたのう。創世の女神と言われるだけのことはあるのじゃ」


 俺は、呆然と立ち尽くすのみ。


「ほれ。しっかりせんか」


 少女が俺の尻をひっぱたく。

 その痛みで、俺はやっと我を取り戻した。


「どうなってる……? アカネ……なのか?」


「久闊を叙するのは後じゃ。先にやることがあるじゃろ?」


 そうだ。

 俺は慌てて振り返る。


「サラ!」


 すでに声も出せなくなっていたサラに、急いで駆け寄った。

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