第756話 霧の先。世界の果て
俺は剣を抜き、霧に向けて斬撃を放った。
残光を引いて飛翔した斬撃は、灰色の濃霧に人一人通れるほどの亀裂を生じさせる。
「主様。内部には何かがあるかわかりません」
「だから行くんだ」
「しかし、単身で赴かれるのは」
「危険か?」
守護隊の少女は唇を引き結んで顔を伏せる。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってな。俺が以前いた世界のことわざだ」
少女の頭をぽんと叩く。
「心配はいらない。お前は他のみんなにこのことを伝えるんだ。そして、俺の大切な人達を守ってくれ」
「我らアルバレスの守護隊は、ただ主様を守るために存在します。他の者の為には動きません」
「いいか? よく聞け。俺を守るっていうけど、俺の大切な人達と、この世界を守ることが、結果的に俺を守ることに繋がるんだ。人と世界は別れたものじゃない。本質的にはひとつのもんなんだ」
「つまり、主様とこの世界が、一体であると……?」
「そういうこった」
むろん、俺だけじゃなく、生命全てに同じことが言えるんだけどな。
「……目が覚めるような思いです。我ら守護隊は、必ずや主様の命を遂行いたします」
「頼む」
なんだか遺言みたいになっちまったが、別にそんなつもりはない。
ちゃちゃっと問題を解決して、戻ってくるさ。
「行ってくる」
「主様。どうかご無事で」
「ああ」
ちょうどその時。真っ赤な太陽が隠れ、夜が訪れる。
俺は剣を鞘に納めると、濃霧の亀裂のその先へと歩みを進めた。
奥には何もないトンネルが広がっている。光がないにも拘らずはっきりとした視界には、灰色の霧が漂っていた。
「鬼が出るか。蛇が出るか」
アインアッカはどんな風になっているのか。
俺は周囲を警戒しつつ、可能な限り早足でトンネルの出口へと向かった。
「サラ。ロロ。みんな、待ってろよ」
そして、濃霧を突き抜ける。
霧にまみれた長いトンネルを抜けた先、俺は眩い光を受けて手でひさしを作った。そこに広がっていたのはのどかな風景。生い茂る草花と、質素な家々。それを繋ぐうねった道。頼りない柵に囲まれた畑と、申し訳程度の家畜達。そして、そこで暮らす村人達。
「これは……」
亜人連邦の首都アインアッカじゃない。
俺がこの世界で生まれ育った、王国のはずれにあるアインアッカ村。二年前、まだ俺が何も知らなかった頃の風景そのままだった。
「どういうことだ。これは」
俺は呆然と立ち尽くす。
「あれ? ロートス? こんなところで何してるのよ?」
背中にかけられた声。
気を強さと、その奥にある優しさを感じさせる、聞き馴染んだ軽やかな響き。
振り返ると、通ってきたはずの霧のトンネルはなく。
青みがかった長い髪をそよ風に揺らす、十三歳のエレノアの姿があった。
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