第706話 腹筋崩壊

「あーしの力を前にして臆さないことは、讃えて然るべきでしょう」


 魔王は、憐みの目を俺に向けてくる。


「勇敢なジェルドの戦士。新たな世界の糧となりなさい」


 両腕を大きく広げ、魔王は大量の瘴気を放出する。漆黒の波動が周囲の空間を黒く染め上げ、俺と魔王を包み込んでいく。

 さっきヘリオスをやったのと同じ技だ。

 間もなく俺は、漆黒の闇に呑まれてしまった。

 完全なる闇の世界。瘴気によって形作られた空間は、外界と完全に隔絶されていた。


「なるほど。瘴気の檻か。たしかにえげつないな、これは」


 ヘリオスほどの男がやられたのも頷ける。

 俺の正面には、魔王がいた。完全なる闇にも拘らず、その姿だけはくっきりと浮かび上がっている。


「……どういうことです?」


「なにがだ?」


「あーしの『黒虚空万象滅閃光』の中にいて、傷一つ負わない。妙ですね。一体どんなカラクリが?」


「くろこくうばんしょうめっせんこう?」


 なんだその技名は。


「なかなかのセンスをしてやがる」


 けど。


「名前で技の強さが決まるわけじゃない。大袈裟な名前は、むしろ期待外れ感をもたらすぜ?」


「なにを訳の分からないことを」


 ふん。とぼけやがって。


「どうして傷を負わないかって? お前は瘴気で俺を包み込んだつもりかもしれないが、だからこそ見えなくなってるんだろうな。俺が今、何をしているのか」


「は……? あっ!」


「気付いたようだな」


「まさか……瘴気を……?」


「そうだ」


 魔王がそうしたように、俺も瘴気の出力を最大にし、鎧として纏っている。

 高密度の瘴気に囲まれていながら、より高密度な瘴気で全身を包む。そうすることで身を守っているのだ。

 どちらも同じ瘴気。ならば、より強い方が勝つのが道理ってもんだ。


「馬鹿な。あーしの瘴気は我が女神マーテリアの神秘……! 間違ってもジェルドの小娘ごときが操れるものでは」


「けど実際に操ってる」


 次の瞬間。

 俺は魔王に腹パンをぶち込んでいた。


「ウッ――」


 よほど痛かったのだろう。

 体をくの字に折り曲げ、涙目になる魔王。


「いいか。人には、神の理解が及ばない領域があんだよ」


 このままこいつを倒して、マーテリアとエストを滅する。

 二年前からずっと、俺はそう決めて戦い続けてきたんだ。この世界の未来を、人の手に取り戻す。

 その為に瘴気の力を使うってのは、皮肉なもんだな。


「これで終わりだ」


 拳に瘴気を集中させ、今までで最大の威力を魔王にお見舞いする。


「待っ――」


 そして、炸裂。

 渾身の一撃が、魔王の腹筋を打ち砕いた。

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