第694話 不可解な攻勢

 まじか。

 神の山に引きこもってるかと思ってたのによ。俺の考えが甘かったか。


『汝らの愚行これ以上見過ごせぬ。我が万象の光をもって、この穢れた世を浄化してくれようぞ』


 圧倒的な力と共に現れた魔王。

 周囲に残ったグレートセントラルの兵士達は僅かであり、皆一様に動揺していた。


「おい! 魔王ってどういうことだよ! あんなやつがいるなんて聞いてないぞ!」


「知らねぇよ! でも噂には聞いたことがあるぜ! グランオーリスの魔人どもを率いる王がいるってよ……! けっこう有名な話だろうが……!」


「ああ……! 俺も聞いたことがある。だが、魔王は一度も姿を見せたことがないって話じゃなかったか……?」


 かなりざわざわしている。

 大軍とはいえ、浮足立ってしまったら有効な戦力にはなり得ない。


「ノイエ殿。このテンフ君が、魔王を討ち取ります」


 戻ってきた兵士から武器を受け取ったテンフは、決意みなぎる表情になっていた。


「無茶言うなって。あれだけの瘴気だぞ。近づくこともできやしない」


「心配はご無用。このテンフ君、境地に達しております故。瘴気への対処もできるっ!」


 言いながら大地を蹴ったテンフは、その巨体からは想像もつかないような軽やかな動きで、空へと飛び立っていった。


「あれは……なるほど」


 境地ってのはそういうことか。いわゆる〈妙なる祈り〉の下位互換的なアレだ。サニーやハラシーフが使っているやつ。そういうことなら、アイリスと互角に戦ったっていうのも納得だ。


「大変だ! グランオーリスの軍が攻めてきたぞッ!」


 馬に乗ってやってきた伝令が、旗を振りながらそんなことを叫んだ。


「うそだろ? この状況で?」


「やっぱりグランオーリスは魔王と手を組んでたんだ! 瘴気を利用して世界を征服するってのはマジなんだよ! 許せねぇ!」


「お、俺は逃げるぞ! こんなのやばすぎるッ!」


 周囲には絶望して動けなくなる者や、我先に逃げ出す者。あるいは戦意を奮い起こす者達があった。

 俺は伝令の兵のところへ走り、一瞬にして馬から引きずり下ろす。


「おい。グランオーリスが攻めてきただと? そりゃ本当なのか!」


「ほ、本当です! 全軍で突撃してきています!」


 どういうことだ。魔王が現れたこのタイミングで攻撃を仕掛けるだと? 自殺行為だろ普通。セレンの奴は、一体なにを考えているんだ。

 展開が急すぎる。

 頭がこんがらがってきた。俺は今、自分でもわかるくらいに混乱している。


 だが悠長に考え込んでいる暇はない。

 上空から大量のドラゴン達が降下してくる。地上の兵士達がスキルや魔法で迎撃するが、複雑な軌道を描いて迫るドラゴン達にはかすりもしない。このままじゃドラゴン達が地上に到達すれば、地獄絵図になるだろう。グレートセントラル、グランオーリス問わず、夥しい数の死者が出る。


「くそっ」


 俺が迎え撃つしかない。正体がバレるとかはもはやどうでもいい。

 意を決して腰の剣を抜く――その瞬間だった。


『フラーシュ・セイフ』


 天を打ち鳴らすような大音声と共に、宙を飛翔した無数の光剣が、空を舞うドラゴンを一匹残らず貫き、眩い光と共に消滅させた。

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