第619話 二割は正義感
「カマセイ団長の剣を指一本で……? そんなまさか……悪い夢でも見ているのか?」
「いや、夢じゃねぇ。俺もそう見えてる……!」
「なんだそりゃ! 集団幻覚でも見せられてるってのか!」
目の前で起きたことを信じられないって感じだ。
それは当のカマセイも同じだった。
「この……ペテン師がぁッ!」
再び剣を振りかぶる。
おいおい。マジか。
「力の差がありすぎると、わかり辛いよな」
なによりも速く、俺の剣が風を薙いだ。
俺が鞘から抜いたことすら誰も気付いていないだろう。
そして、カマセイの剣、鎧、装備品、身に付けているものすべて、微塵となって消し飛んだ。
「うぁ……?」
誰も彼も、何が起こったのかにわかに理解できなかっただろう。
「そんな……団長……!」
「帝国の豪傑が……嘘だろう……?」
「このような屈辱……!」
騎士達が悔しがるのも無理はない。帝国の騎士団長であり、屈指の実力者であるカマセイが、何もできず武装解除され、おちんちんが丸出しになっていたのだから。
「こ、この……! 憶えてやがれ!」
カマセイは残った片腕で股間を隠しつつ、跳ねるようにして去っていった。
騎士達も、口惜しげにそれに続く。
まったく、仮にも帝国の騎士団だってんなら、小物みたいな振る舞いすんなってんだ。
やれやれと首を振り、溜息を吐く。この仕草は、転生者の特権みたいなもんだな。
「すげぇ……」
誰かがそんな呟きを漏らした。
それが皮切りになり、周囲の野次馬達が一斉に歓声をあげた。
「うおお! よくやってくれた! スッキリしたぜ!」
「あいつら、よそモンのくせにこの街で大きな顔をしやがって、ムカついてたんだよ!」
「心の底からスカっとしたわよ! 見ない顔だけど、あの男前は誰なのかしら?」
野次馬は口々に賞賛の言葉を口にする。
なんか、慣れないな。
「おいおい、やめてくれよ。俺は別に褒められたくてあいつを追い払ったわけじゃない。ただ単に、美味い飯が食いたかっただけさ」
それだけを言って、俺は店の中へと戻る。
店内から外の様子を窺っていたメイは、俺が店に入るやいなや手を握ってきた。
「あの、ありがとね!」
詰め寄ってきた美貌に、俺はすこしのけ反ってしまう。
「ああ、いいよ別に。それより、注文いいかな? 腹減っててさ」
「へ? あ、ごめんね。まだ通ってなかったんだ」
「ああ。この店一番のオススメをたのむ」
「はいよっ! じゃあ、あたしが腕によりをかけて作るからっ」
メイは腕まくりをすると、早足で厨房へと入っていった。
俺は元居た席に座りなおす。
「キミ、すごいじゃないか! あのカマセイ・ヌーを追い払うなんて!」
メガネの優男は興奮した顔つきだった。
「別になんてことないよ。あんな奴」
「謙遜も過ぎると嫌味になるぜ、にーちゃん」
おっさんは相変わらず酒臭い息だ。
「あのカマセイは、帝国じゃちょっとは名の知れた剣士だ。この国にいても耳にするくらいでよ。人間性は最悪だが、剣の腕はピカイチって話なんだ」
「ふーん。あんなのがねぇ」
「……恩に着るぜ、にーちゃん。ダチの仇を取ってくれてよ」
おっさんはしんみりした表情で酒をあおる。
なんつーか。
飯を食いに来ただけなのに、変な事件に巻き込まれちまったな。
早くエレノアに会いに行かなければならないから、面倒事はなるべく避けた方がいいんだろうけど。とはいえ、俺の性分的に放っておくわけにもいかなかった。
「いや、でも本当に勇気のある人だよキミは。今まで誰も、あんな勇敢な行動に出なかったんだし」
「ほめ過ぎだ。腹が減ってイライラしてただけだって」
「またまた。そうやってクールに決めるところもカッコいいな~。僕達みたいな下心がまったくないじゃないか」
「茶化すなよ」
別に下心がまったくなかったわけじゃない。メイが美人でおっぱいが大きいってことも、理由の八割程度はあるさ。
ま、微々たるもんだろう。
その後、メイが作ってくれたフルコースの料理を食べて、その日は宿に帰った。
ふむ。
めちゃくちゃ美味かった。
それだけでも、助けた甲斐があったというもんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます