第602話 不在中の話

「殺す? エレノアをですか?」


「ああ」


 乾いた返事。俯いてしまったマホさんの目は、ひどく苦しそうだ。


「あなたはエレノアちゃんの従者なのでしょう? どうしてそんなことを仰るのですか」


 呆気に取られた俺に代わって、先生が尋ねてくれた。


「教えてください。ロートスさんがいなくなってから、いったいあの子に何があったのです?」


「ああ。もちろんだ。だが、話せば長くなる」


「構いません」


 先生が明言すると、マホさんは言葉を吟味しながら、訥々と話し始める。


「ロートス。お前さんがいなくなっても、エレノアは忘れなかった。あいつはファルトゥールと繋がっていたからだって言っていた。自分は他の世界から来た転生者だとも。お前さんもそうなんだってな、ロートス」


「ええ」


 今さら隠す意味はないだろう。

 世界を揺るがす事件の、いわば俺は当事者なのだから。


「俺がいなくなってからの二年間、エレノアはどういう風に過ごしてたんですか?」


「最初の頃は、お前さんがすぐに戻ってくるって言っててな。王国のために張り切ってたんだ。勇んで帝国やマッサ・ニャラブとの戦いに赴いてたよ」


「彼女の戦果は凄まじかったですもんね。救国の戦乙女として国中に『大魔導士』エレノアの名が轟きました。敵国からは、魔女と呼ばれ恐れられたとも」


「ああそうだ。先生だったらよく知ってるだろ。だからよ……あいつの執念の、その異常さがわかるはずだ」


「ええ、確かに。主だった戦場にはいつも彼女の姿があったと聞いています。国家の、いえ、世界の趨勢を左右する戦場に、彼女は常に立っていたと」


 戦争に参加してたってのは聞いていた。だがまさか、そこまで必死こいて戦っているなんて、思ってもみなかった。

 驚く俺の顔を見て、マホさんは眉間を寄せた。


「ロートス。なんだその顔はよ。ぜんぶ、お前さんの為だったんだぜ」


 その言葉は、鋭い刃物のように俺の胸に突き刺さる。


「お前さんの大切な人達、帰ってくる場所。そういった一切合切を、自分が代わりに守るんだって。あいつは本当に、死に物狂いだったんだ」


 俺は何も言えない。


「もうすぐ帰ってくる。あとすこしの辛抱だって。そう自分に言い聞かせて、心をすり減らしながら戦い続けた。そうやって消耗したところを、エンディオーネの奴につけこまれた」


「つけこまれたって……エレノアはエンディオーネの干渉を跳ね除けたんじゃないですか? それどころか、逆に取り込んだって聞きましたけど」


 エレノアの心が強かったから、女神の干渉にも打ち勝ったと。エンディオーネの話を聞く限りでは、そんな風に感じた。


「お前さんもまだまだ青いな。ナリはあんなだが、仮にも奴は女神だ。そんなヘマをするわけがねぇだろ」


「え……?」


「エレノアに女神の力を取り込ませる。それこそがエンディオーネの狙いだったんだよ」

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