第598話 よくわからん

 一面が眩い光に満たされながら、俺の視界は驚くほど鮮明だった。

 上も下も真っ白に染まった、異質な空間。

 ウィッキーの『ツクヨミ』が完全なる闇の世界だとしたら、こちらは完全なる光の世界だ。


「ここで一体、何が起きるんだ?」


 根源粒子によってスキルを獲得するというが、何をすればいいんだろう。ぼーっと突っ立っていてもいいんだろうか。


『聞こえるかい?』


 あ、この声は。


「マシなんとか五世?」


『ああ、ようやく声が届いたね』


 声を聞くだけで、胡散臭い笑顔が浮かぶようだ。


『その場所は〈座〉に限りなく近い空間のようだね』


「だから声が届くってか?」


『そう。根源粒子によって、君の生命が純粋な状態に戻りつつあるのさ』


 よくわからん。


『うぇーい。ロートス君おっひさ~!』


「やっぱりお前もいるんだな」


 エンディオーネの声は相変わらずやかましい。


『つれないなー。もーちょっと喜んでよ~。久しぶりにお話できるのにぃ』


「そんな余裕はねぇな。俺は今どうやったらスキルを得られるか考えるのに忙しいんだ。つーか、こうやって話しかけてきたからには、それを教えてくれるんじゃないのか?」


『そーそー』


『アデライト女史がキミに何も伝えなかったのは、僕達の声が届くことを知っていたからだよ』


 なるほど。

 先生が、この世の真実云々と言っていたのは、座と交信をしたということだったのか。


「わかった。それで俺は、どうすればいい?」


『内なる魔と戦うんだ』


「なに?」


『宿命と言った方がわかりやすいかな? このままただスキルを付与すれば、運命が補強されるだけだ。エストに対抗したいなら、それは避けたいだろう?』


「まぁな」


『だから、まずは自分の宿命と向き合うんだ。この場所なら、それができる』


「できるったって」


『そう思うことが大事ってわけ! ほら、思い描いてみて! 自分の宿命!』


「自分の宿命ねぇ」


 いきなりそんなこと言われてもな。

 たしかに、自分の運命についてはいつも考えている。


 何の因果か、異世界にやってきて、この世界のために生きることを決意した。

 元の世界でただなんとなく生きていたら、こんなことにはなっていなかったし、自分の運命とか宿命とか、そんなことについて考えるなんて一切なかっただろう。


 神だとか世界だとか、スキルだとか瘴気だとか、思えば散々な目にあってきた。

 結局のところ、人の宿命ってのは、自分のクソったれな運命との終わりなき戦いなのかもしれない。


『そろそろ出てくるんじゃないかなーっ?』


 俺の目の前に、人型の靄が浮かび上がる。

 それは次第に輪郭を鮮明にし、人間の姿を取った。


「ははっ……」


 その姿は、元の世界での俺自身の姿だった。

 御厨蓮。冴えない男子大学生。

 苦笑もやむなしだ。


「宿命ってのは、つきつめれば過去からの軌道だ。敵でもなく、環境でもない。自分が歩いてきた道そのもの。その道がどういう意味を持つのかは、これからの歩き方次第だろう」


 目の前の俺が言う。


「不遇を嘆かず、大きな目的に生きる時、この先の道は無限に広がっていくに違いない。そういう意味で、宿命とは、使命を果たす戦場とも言える」


 俺はそう答えた。


「完全に、そういうことだな」


 目の前の俺が、同意の呟きを口にした。

 俺と俺は、互いに手を取り、そして、ゆっくりと溶けあっていく。

 御厨連と、ロートス・アルバレスが、融合する。


「完全に、そういうことだ」


 二つは一つになった。

 過去と現在、そして未来は、すべて俺の中にある。

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