第549話 けっこうシリアスじゃん

 おい。

 うそだろ。


 こんなの、あんまりだ。

 久々に会えたってのに。まだ俺のことを思い出してもらってもいないのに。


 こんなことになるなら、もったいぶらずに瘴気でもなんでも使うべきだった。

 なんて愚かなんだ。俺って奴は。


 サーデュークが、セレンの胸からハルバードを引き抜く。


「殿下っ……!」


 よろよろと後退るセレン。

 咄嗟にコーネリアが支えるも、意味はない。

 セレンは派手に喀血し、力なく膝をつく。濃い色のローブが鮮血で赤く染まった。


「セレン!」


 叫びながら無意識的に思い浮かんだのは、サーデュークの背中へ斬りかかることだった。

 全身から瘴気を噴出させ、全霊をもって奴を殺す。

 もう、ここで呪いに喰われてもいい。


 だが、そんな俺の決意を制したのは、セレンの静かな瞳だった。

 地に両膝をつき、刺された胸を押さえて尚、翡翠の瞳は俺に待てと訴えていた。


「ホウ……? これはこれは……」


 サーデュークが意味深に頷いている。

「刹那においてそれほどの反応するとは、御見それしましたぞ。殿下」


 俺は目を凝らす。

 セレンの胸は確かに貫かれた。しかし、よく見ると急所は外れている。心臓は無事のようだった。


「殿下! しっかり! いま医療魔法を……!」


 駄目だ。

 瘴気によってつけられた傷は医療魔法なんかで治るものじゃない。それは俺が一番よく知っている。

 たとえ心臓が無事だとしても傷は深い。肺がひどく損傷しているだろう。あのままじゃ失血死か、あるいは酸欠で死ぬか。


 くそ。

 どうして今の俺には〈妙なる祈り〉がないんだ。

 あれがあれば、こんな状況全部ひっくるめて楽勝で解決してやるってのに。


「殿下……っ!」


 コーネリアも理解しているのだろう。もはやセレンに助かる術はないと。

 青ざめる彼女の頬に、セレンはそっと触れた。血で汚れた口元が動く。

 声にはならなかったが、はっきりとわかる。


 だいじょうぶ。

 そう言った。


 次の瞬間、貫かれた胸を押さえる手が白い輝きを放つ。


「あれは……」


 奇しくも俺がヴリキャス帝国で目にしたものと同じだった。

 エレノアが俺を殺すために放った光。

 その輝きが、今セレンの傷を癒している。


「なんと! よもやシューペルエイドとは!」


 サーデュークも驚いている。

 その言葉に、コーネリアをはじめとする騎士達にも驚愕が波及した。

 何度か聞いたことがあるぞ。たしか、究極の医療魔法だったか。


 セレンの胸の傷はたちどころに完治する。

 衝撃的な光景だった。

 俺も〈妙なる祈り〉を持っている時はあんな感じで治したこともあったが、見る側になるとやっぱり驚きは隠せない。

 深呼吸をするセレン。苦しそうだった呼吸は、すでに正常になっていた。


「殿下……?」


「へいき」


 何事もなかったかのように、すくっと立ち上がるセレン。

 一抹の安堵が、騎士団に染みわたっていく。


「フ。素晴らしいですな殿下。まさか、そのような代物を修めていらっしゃるとは。ですが」


 サーデュークの歪んだ口から、押し殺した笑いが漏れる。


「露見してしまいましたな。さすが我が弟の子。臣下を欺き、民を弄ぶのがよほど得意と見える」


 何を言っているんだ。こいつは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る