第540話 はっきりとね

「コーネリアの家はどうなったんだ?」


「公爵家は当主不在のまま保留になってる。一人娘である彼女が爵位を継ぐまで、そのまま。あたしは彼女に家を継いでほしい」


「だから、コーネリアに武勲を立てさせようって?」


「ちがう。彼女には立派な貴族になってほしい。その為には、騎士として、人の上に立つ者として、一人前になってもらわないといけない」


「言わんとすることはわかる。けどな……そんな悠長なことを言ってる場合か? 瘴気のせいで国が、いや、世界が危機に陥ってるってのに」


「こんな時だからこそ、人材の育成が重要」


 セレンの瞳の奥には、折れない意志が垣間見える。


「ここだけの話。俺の従者ならお前をすぐにメインガンに連れていける。コーネリアも一緒にだ。あいつが大切な家族だってんなら、二人で安全な場所に行った方がいいんじゃないか。人材の育成なら、それからでも遅くないだろ」


「真の強者は、戦いを選ばない。それを目指す者もまた同じく」


 抑揚のない、しかし毅然とした声。


「お父様はいつも口癖のようにそう言ってた」


 俺は額を押さえる。


「おねがい。あたしじゃ彼女の導きにはなれないから」


 どうやら、説得に応じる気はなさそうだ。

 自分を危機に晒してまで、コーネリアを未来を開こうとしているのだろう。


「参ったな……」


 まさかこんなことになろうとは。

 さっさとセレンを安全な場所に送り届けて、神の山に向かわないといけないのに。

 普通に考えりゃ、こんな頼みは無視すべきだ。

 だが、俺の心はそうは言っていない。


「わかったよ」


 正直お手上げだな。美少女にこうも頼み込まれちゃ、断れるわけもない。

 これまで同様、直感に従って行動しようかな。


「だけど、こっちからも頼みがある」


「なに?」


「セレン。お前には、鍵の一人になってもらう」


 もともとセレンを探すのは、〈八つの鍵〉を求めてのことだった。

 その目的を達するためだと考えれば、コーネリアを助けるのもそれほど回り道じゃないかもしれない。


 俺はエストを消滅させるために必要な八人のキーパーソンを集めていることを伝える。それから、三人の女神による陰謀も。

 相変わらず無表情を維持していたが、それなりに驚いているようだった。


「女神の真実。エストを消滅。にわかには信じられないこと」


「けど事実だ。神だなんだと崇められちゃいるが、あいつらは人のことなんかなんとも思っちゃいない。神にとっての秩序は、人が思うそれとはかけ離れているのさ」


「あなたの言う通りにすれば、世界はよくなる?」


「……ああ。少なくとも俺はそう信じてる。いま世界に広がってる瘴気だって、元はといえばやつらの仕業だしな」


 セレンはしばらく考え込む。

 頭の中を整理しているのだろう。


「わかった。あなたを信じる。鍵の役割も果たす」


 やったぜ。


「だから、彼女のことも」


「ああ。任せておけ」


 グランオーリスでやるべきことが増えたな。

 まぁ、目的が明確なのはいいことだ。目標もなく放たれた矢が的に命中するわけもない。

 セレンの依頼を果たし、神の山で呪いを解き、封印を破壊する。

 ま、やってやるさ。

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