第491話 YOU WIN!

 バイザーを閉めていなかったのが仇となったな。

 イキールはすごい勢いで吹っ飛び、地面に落ちて仰向けになった。

 苦しそうな呻きを漏らしているが、体はもう動かない。


「閣下が負けた……?」


「ウソだろ? 王都防衛戦で千人を無傷で斬った閣下が」


「そんな。認めねぇぞこんなの!」


 先程よりもさらに騒然とし始める。


「ふざけんな『無職』のくせに!」


「そうだ! 『無職』のくせに閣下に勝ってんじゃねぇ!」


「身の程を弁えろクズが!」


「閣下の仇を取るぞ!」


 兵士達は一斉に武器を構え、俺を取り囲む。

 そして俺は理解する。

 この兵士達は一人一人が豪傑だ。おそらく三国志でいうところの呂布くらいの実力はあるだろう。それが二千人もいる。

 さて、どう捌くか。


「やめろ馬鹿ども!」


 轟いたのはリッターの声だった。


「閣下に恥をかかせる気か! 下がれ!」


 その一声で、兵士達はすごすごと元の隊列を作りなしていく。

 リッターが馬を下り、イキールのもとへ駆け寄った。


「閣下」


「うう……リッター……」


 顔面を殴られたイキールは、鼻血を流している。意識は朦朧としているだろう。


「よい戦いぶりでしたぞ」


 リッターが医療を魔法をかけると、その鼻血がたちどころに止まった。そして、イキールは気を失う。

 イキールを背に担ぎ上げ、馬に乗るリッター。


「撤退する!」


 そして、軍を転身させた。


「待てよ」


 リッターの背中に、俺は声をかける。


「なぜ引きとめる。我々の撤退が望みだったのではないのか?」


「どうでもいいわそんなこと。こちとら、その気になりゃお前らを全滅させることなんざわけねーんだ」


「なに?」


 弾きとばされた剣が落ちてくる。

 俺が鞘を掲げると、そこにちょうど落下してきた剣が納まった。チャキーンといい音が鳴る。


「あのな。アイリスがなんて言ったか憶えてるか?」


 リッターがアイリスを見る。


「謝れっつったんだ。お前んとこの奴が俺らの家族を侮辱したことをな」


 それに反応したのは部隊長の男だった。


「貴様ッ! 調子にのるのも大概にしろ! 亜人は蔑まれて当然! 謝る必要などないわ!」


「やめろ」


 リッターが制止する。


「アイリス嬢」


「はい」


「謝罪はできない。たとえしたくとも、社会の目がそれを許さない。理解してくださるな。ロートス殿も」


「だから謝らねぇってか」


「そうだ。もし謝罪を望むなら、戦うべきは人ではなく、社会そのものだろう。武力や暴力で、人の心は変えられない」


「屁理屈が上手いもんだな」


 人のことは言えないけども。

 そして、リッターの指揮で侯爵軍は撤退していった。


「ご主人様!」


「ロートスくん!」


 その背中を見送っていると、サラ達の声が聞こえてきた。

 獣人の軍を率い、ここまでやってきたようだ。


「ご無事ですか?」


「ああ。見ての通り」


「ほんとに終わっちゃってたね」


「言ったとおりだろ?」


 撤退していく軍の後姿を眺める俺達。


「なにをしている。追撃せんのか」


 威勢よく言ったのはエカイユの戦士長だった。

 いたのかよ。


「ここであいつらを蹴散らしても意味ないぜ。また別の軍が来るだけだ」


「しかし」


「今は連邦をまとめることの方が先決だ。これ以上、亜人が差別されないためにもな」


「……おぬし。亜人の為に同族と争ったというのに、なんとも思わんのか」


「俺にとっちゃ人間とか亜人とか、そういう区別はあんまりないんだよ。みんな人であることに変わりはない。大事なのは、体に流れる血より、心に流れる血がどうかってことだ」


「心に流れる血……フン、小難しいことを言いよる」


 戦士長は小さく呟いた。


「さて、帰ろうぜ。これからのことを考えなきゃならん」


 エレノアが王国を裏切ったっていうのは、マジで聞き捨てならないからな。

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