第486話 イキール・ガウマン侯爵閣下
「貴様達! これは一体どういうことだ!」
取り次ぎの騎兵がキレながら叫んだ。
「盟主の使者ではなかったのか! なぜ攻撃した!」
問答無用で襲ってくるかとも思ったが、どうやら話をする余地があるようだった。
だが、答えによってはすぐさまそうするだろう。軍には殺気が満ちていた。
俺は倒れた騎兵の一人を指さして言う。
「この男が、亜人をディスった。獣人を指して家畜だってな。俺達は仲間の誇りを守るために殴らざるをえなかった。それだけのこった」
「貴様っ!」
「まだ息がある。早く助けてやれ」
それを聞いた兵士達は、すぐさま倒れた者達を介抱し始める。
「たしかに、生きています!」
「殴られて気を失っているだけのようです!」
軍にざわめきが走る。
この状況で死んでないことに、戸惑っているのだろう。
「静かに! 静かにせんか!」
部隊長らしき男が声を張り上げる。
「閣下が進まれる! 道をあけいッ!」
号令と共に、軍列がざっと左右に分かれた。
出来上がった道の奥から、豪奢な鎧馬に跨った騎士が現れる。
黄金をあしらった全身鎧。もう一騎をお供に、そいつは悠々と馬を歩かせている。
その騎士は俺達の前で馬を止めると、兜のバイザーを上げた。
まるでおとぎ話に出てくるような、貴族然とした正統派イケメンだった。
「名乗れ。俗物」
うわ。偉そう。
二年前より低くなった声。背はぐんと伸び、バスケ部のエースかってくらいの長身。馬に跨っていてもわかるほどだ。
腰には一振りの剣。鞘にはガウマン家の紋章が刻まれている。
成長したイキール・ガウマンが、そこにいた。
「閣下」
傍の騎士が俺の隣を見て言った。
「どうしたリッター」
イキールはアイリスを見とめると、くいと眉を動かす。
「アイリス嬢。なるほど……キミだったか」
すると、アイリスはすっと耳としっぽを消してしまう。ああ、貴重なケモミミアイリスが。
「なぜここに?」
「わたくしはメイド長に従って参っただけですわ。詳しい話はあまり理解していません」
「ふむ」
当然、イキールの視線は俺へと向く。
「では貴様か。もう一度言う。名乗れ、俗物」
わざわざ俗物とかつけなくていいだろ。相変わらず腹立つ野郎だな。
「ロートス・アルバレスだよ。よろしくな、坊ちゃま」
おどけて言うと、イキールの眉間がぐっと寄った。
「閣下に対して何と無礼な!」
部隊長が何かを察して声を荒げる。
「よい」
イキールはそれを制して、
「では訊くが。ロートスとやら、なぜ我が兵を生かした。殺そうと思えば殺せただろう」
「アホか。人殺しは悪いことだって母ちゃんに教わらなかったのかよ」
「このガキッ! 言わせておけば!」
部隊長が青筋を浮かべ槍を構えたのを見て、リッターが旗槍を振ってそれをたしなめる。
「閣下の邪魔になる。もう黙っていろ」
「……はっ」
そうしてやっと、部隊長が引き下がった。
「わかった。我が兵の失言による個人的な諍いというわけだな?」
「そうそう」
イキールはリッターと目配せをする。
その目はちらりとアイリスを見ていた。
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