第480話 決闘の終焉

「神聖な決闘に汚らわしい野次を飛ばすとは……やはり人間、腐っておるわ」


 エカイユの戦士長が忌々しげに吐き捨てる。

 彼らの汚物を見るような視線が俺に向けられる。気分の良いものじゃないが、別に気にしない。


「なに? どういうこと?」


 ルーチェが疑問を口にする。


「痛そうなのです」


 サラも率直な感想を述べた。


「俺の煽りが功を奏したな」


「悪口を言うだけで効果があるのですか?」


「いいや。悪口そのものに力はない。重要なのは、奴の意識が俺に向いたってことだ」


「なんですかそれ」


「〈妙なる祈り〉には制約がある。俺の場合は強くイメージする必要があるとか、そういうのな。ハラシーフの力は俺の劣化版。下位互換もいいところだ。もっと大きな制約、もしくは穴があるはず」


「それって」


「エカイユの種族性を考えると、自ずと答えは見えてくるだろ?」


 奴らはあの力を神の息吹と呼んだ。

 そして決闘を神聖なものだと。


「決闘から意識がそれた」


 ルーチェの深刻そうな呟きに、俺は頷く。


「大変なことだよ。これ」


 今まで効かなかった打撃が効いた。彼女はその意味をよく理解している。

 その事実は、ただ決闘に勝てそうだというだけじゃない。〈妙なる祈り〉の弱点の露見。すなわち、完全無欠だと思われていた力の対策方法がわかるということ。

 翻って、それを破ったマーテリアへの対策へと繋がる。

 この決闘は、ただ亜人連邦の命運を決めるだけじゃない。もっと大きな意味がある。俺の命運、世界の命運を決定づけるような。

 そうなってくると、このまま煽り続ける必要がありそうだな。


「ハラシーフ君フラフラだぁーっ! 蹴り一発であんなダメージを受けるなんて、エカイユってマジで弱すぎ! ウケるんですけどぉー!」


 こんな時、クソスキル『ちょいデカボイス』があればよかった。

 仕方ないことだったとはいえ、クソスキルを失ってしまったことが今更ながら悔やまれる。


「このっ――人間風情がッ!」


 ハラシーフは斧を振り回し、アイリスを打ち払う。

 その攻撃はもうアイリスに通用しない。彼女の腕にヒットした刃は、無残にも粉々に砕け散った。

 だが、それを意にも留めないハラシーフ。


「もはや決闘などどうでもいい!」


 アイリスを無視し、一直線に俺へと飛びかかってくる。


「殺してやる! 殺してやるぞ! ニンゲン!」


 悲しいかな。すでにハラシーフに〈妙なる祈り〉の恩恵はない。


「死ねぇッ!」


 鋭利な爪が振り上げられる。


「バカが」


 俺の呟きと同時に、アイリスが割って入る。


「あなたのお相手は――」


 握られた拳。


「――わたくしですわ」


 放たれた右ストレートが、ハラシーフの肉体と矜持を打ち砕いた。

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