第447話 黒き渓谷の神

 翌朝の話だ。


「アニキっ! おいアニキっ!」


 ロロに体を揺さぶられ、目を覚ました俺は、まだ半分眠りの中にいた。


「アニキったら! 起きろって! やべぇよ!」


「ん……なんだよ……?」


 目をこすり毛布から出ると、空はまだ暗闇の中にある。


「あれ? まだ夜だろ。なんで起こしたんだよ」


「ちげぇって! よく見てくれよ!」


 ロロの大きな声でだんだんと目が冴えてくる。

 改めて空を見上げると、そこに夜空はない。


「……瘴気か!」


 頭上の空を覆っていたのは、漆黒の魔力だった。遠くの空はしっかりと朝日が降り注いでいるのを見るに、どうやらここに瘴気を纏ったモンスターが現れたようだ。


「メリーディエスの方に向かってやがんだ! どうするんだよアニキ!」


「どうするもこうするもないだろ。行くしかねぇ!」


 俺は急いでフォルティスに跨り、ロロを抱えて出発する。


「こんな時に出てきやがるなんてな」


「アニキ。あいつ、降りてくるぜ!」


 空に漂う瘴気から、一体の巨大モンスターが姿を見せた。

 鋭い牙。隆々とした二本の腕。長く鋭利な爪。逆立ったたてがみと、凄まじい目力を宿した三つの瞳。背には四対の翼。

 あれだ。ヴォーパル・パルヴァレートだ。


「あいつも呪いにやられたのか」


 渓谷の神とまで言われるモンスターでさえ、瘴気に打ち勝つことはできない。

 瘴気ってのは、まじでやばいんだな。


「あんなのに襲われたら、エカイユの集落なんてひとたまりもねぇぜ! 味方につけるどころじゃなくなっちまう!」


「わかってる。奴を駆除するぞ」


 フォルティスを全速力で走らせ、メリーディエスへと向かう。

 だが、飛行する奴の方が速い。


「あっ」


 ロロの声。

 ヴォーパル・パルヴァレートが、その三つの瞳から三本の熱光線を放った。それは集落へと着弾し、天を衝く火柱を噴き上がらせる。

 すこし遅れて、凄まじい爆音と熱波が届いた。


「うおっ!」


「ロロ。頭を下げてろ」


 フォルティスは熱波をものともせずに突き進む。さすがだ。

 ヴォーパル・パルヴァレートはゆっくりと、燃え盛る集落へと降下していく。


「このまま突っ込む」


「ア、アニキ……でも」


「俺を信じろ」


 ロロはそれ以上何も言わない。

 まもなくメリーディエスに辿り着く。

 集落の半分は無残にも破壊されていた。ところどころ建物が燃えており、中にはエカイユの焼死体も見受けられる。

 まさしくリザードマンのような姿をした亜人エカイユの戦士達が、勇敢にもヴォーパル・パルヴァレートに立ち向かっているようだった。


「くそっ! なんだよこいつは! 強すぎる!」


「ここはもうだめだ! 動ける者は女と子供を連れて逃げろ!」


「ワシ達が食い止める! はよう行けぇ!」


 エカイユの戦士達は見るからに屈強だが、ヴォーパル・パルヴァレートの見上げるような巨体に比べたら小人みたいなものだ。

 長大な爪の攻撃をモロに喰らい、エカイユの戦士達はまとめて殺される。


「ロロ。フォルティスを頼むぞ」


「が、がってん!」


 俺はフォルティスを降り、そのままヴォーパル・パルヴァレートへと走りこんでいく。

 三つの瞳と、がっつり目が合った。

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