第406話 修行パートは短めに

 当然の如く、俺は少女に歯が立たなかった。

 こっちは切れ味のいい上質な剣を使っているのに、頼りない木の棒を握っただけの少女にコテンパンにされる。

 そんな時間がどれくらい続いただろうか。

 疲労困憊になって床に寝そべっていると、ふとあることに気が付く。


「あれ?」


 窓から見える空の色が、ずっと同じだった。

 雲の上だから晴れているのは当たり前だが、夜が訪れないのは不自然だ。


「なぁ」


 俺は少女に視線を向ける。


「もしかして、ここって時間の流れが止まってたりする?」


 ぼーっと突っ立っていた少女は、ふるふると首を振る。


「じゃあ、外に比べて時間の流れがめちゃくちゃ遅かったり?」


 こくり、と頷いた。


 なるほど。

 そいつはとても都合がいい。修行の時間をたっぷり取れるじゃないか。

 俺がここで稽古をつけてもらうのにそれほど抵抗がなかったのも、時間の流れが違うことを無意識のうちに理解していたからだろう。そういうことなら合点がいく。

 具体的にどれくらい遅いのかはわからない。

 だが、俺の体感では修行が始まってから十日は経過している。しかし、空の色が一向に変わらないのを見るに、十倍以上は遅いみたいだ。


「まぁ、急がなきゃならないのは一緒だけどな」


 その気になれば何年も修行できそうだけど、そんなことをしていたら俺も歳を取っちまう、せっかく皆と同じ時間の流れで成長できているんだから、そこで差を生みたくない。


「よし、頑張るか」


 俺は立ち上がり、再び剣を構える。

 修行の再開だ。


 そんなこんなで筆舌に尽くしがたい壮絶な修行に励んだ俺は、見る見るうちに力をつけていくこととなった。

 少女の修行は本当に過酷だった。

 おそらく、自衛隊のレンジャー部隊の訓練の数百倍は厳しい感じだと思う。あくまで想像でしかないけど。

 事実、俺は二十四時間ぶっ続けで剣を振り続けた。食事も睡眠も摂らずにいられるのは、この空間にかけられた魔法の効果らしい。

 いつしか少女が本身の剣を使うようになると、何度も致命傷を受けるようになる。しかしそんな重症は医療魔法ですぐさま治され、休む暇もなく修行に戻る。


 そんな感じで、気が付けば俺は体感時間で半年あまりの修行を積んでいた。

 半年間、不眠不休。四千時間連続で修行とか、狂ってるな。

 でも、それくらいしないと強くなれなかった。

 そこそこ強さは身についたと思うが、正直足りないくらいだ。

 半年経っても、外の世界は一日も経っていない。やばい。


 もうちょっとくらい続けられるかな、と思っていると、ある時少女が剣を捨てた。


「あれ? 終わり?」


 少女は頷く。


「そっか」


 認められたということだろうか。

 少女はちょいちょいと手招きし、大伽藍の大扉へ歩いていく。

 そして、軽く蹴って開いた。


「ついに戻れるんだな」


 俺は剣を鞘に収め、少女の催促に従う。

 不思議と疲れは感じない。

 体力がついているようだ。


「ちなみに今、この城塞はどこにあるんだ?」


 少女は答えない。

 自分で降りてみて確認しろってことか。


「わかった」


 俺は『臨天の間』を後にする。

 少女はついてこなかった。

 建物の外に出ると、いつかの光景を思い出す。

 ヘッケラー機関は崩壊した。しかしまさかここが、俺の第三の生まれ故郷になろうとはな。


「さて、行くか」


 感極まりながら感慨深く感傷に浸りつつ、俺は空高く浮かぶコッホ城塞から飛び降りた。

 真っ逆さまに急降下する俺。


「待ってろよ。みんな」


 新しい旅の始まりだ。

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