第390話 神話っていいよね

 登山なんて久しぶりだな。

 転生前、高校の裏山に登った時以来だ。登山と言っていいものかもわからん。

 アンの細い背中を追って、急な山道を進んでいく。


「あのさ」


「はい」


「モンスターの大量発生の原因。邪神が復活しかけてるって話があるけど、実際のところどうなんだ?」


 俺の質問に、アンはくすりと笑みを漏らす。


「巷ではそういった噂がながれているようですね。あーしはその手のゴシップは信じないクチでして」


「俺の国じゃ、火のないところに煙は立たないって格言があってな」


「一理ある言葉です。大方、山におわす神と、モンスターのイメージが混ざってしまった結果でしょう。あるいは、報道機関がおもしろおかしく妄想を書き連ねているだけかもしれません」


 確かにな。

 マスコミの本質ってのはそういうもんだ。あからさまな情報操作の意思が含まれているというか。偏向報道的なやつ。


「でもよ。この山に神が降臨したってのは、信じてるんだろ?」


「もちろん」


「その根拠はなんだ?」


「古代人の残した遺跡に、神誕生の歴史が綴られています。いわゆる神話です」


「神話ってのは創作なんじゃないのか?」


「とんでもありません。多少の誇張や比喩表現は入っているかもしれませんが、実際に起こった出来事が記されているのですよ」


 ふむ。

 まぁ、そんな過去の話を証明することはできないし。信じるか信じないかはその人次第ってことなんだろう。


「その神って、最高神エストのことでいいんだよな?」


 アンはぴたりとその足を止める。

 その背中は、どこか物悲しげだ。

 なんだ? 聞いちゃいけないことだったか?


「ロートス様は、神が唯一であると信じますか?」


「ん? いやぁ、どうだろうな」


 日本の感覚じゃ、八百万の神がいるとされているからなぁ。神はたくさんいるという文化だ。

 けど、キリスト教みたいに一神教の感覚も理解できないわけじゃない。

 たぶん、神という存在に対する認識が違うんだろう。

 俺がアンに対して言葉を濁したのは、この女を信用していないからだ。ギルド長の娘ということなら、警戒するに越したことはないだろう。


「俺って遠方から来たからさ、この辺の文化にはあんまり詳しくないんだ。よかったら教えてくれよ」


「ええ。喜んで」


 無表情な声で答え、アンは再び歩き出す。


「かつてこの世界には、暗黒のみが広がっていたと言われています。生命の熱はなく、ただただ冷たい空間だけがあり、吹きもしない風に虚無の塵が舞っていたと」


 急に語り始めたな。


「神話か?」


「ええ。神の山の古い石碑に綴られた創世の物語です」


「続きを聞かせてくれ」


「もちろんです」


 アンは続ける。


 俺もそれには少なからず興味があるんだ。

 中二心がくすぐられるぜ。

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