第380話 真の英雄

 呆けている暇はなかった。

 さっきまでより格段に速くなった踏み込みで、サニーはすでに目の前に迫っていた。

 驚く余裕もない。半ば反射的に真正面から大剣を受け止めた。

 いわゆる真剣白羽取り。


「やるな……! この状態の俺の初撃を防いだのは、お前が初めてだ」


 サニーは感心している。

 実行した俺自身が一番驚いているのは秘密だ。


 なんというか、回避が間に合わないから咄嗟に真剣白刃取りになった。という訳の分からない感じだった。

 真剣白刃取りなんて前世を含めても初めての経験だ。

 これも〈妙なる祈り〉の作用なのかもしれない。


 そんなことを考えている間に、サニーは俺の腹に蹴りをいれる。

 壮絶な勢いで吹き飛ばされた俺は、激痛に苛まれながら宿場町の大通りを跳ねながら転々とする。

 街はずれまで吹き飛ばされてから、ようやく止まった。


「いてて……」


 全身に付着した土ぼこりを払いながら立ち上がる。

 サニーはすでに間合いギリギリで剣を構えていた。


「痛いで済むのか……頑丈だな。俺の蹴りはエンペラードラゴンを一撃で絶命させる威力なんだが」


「完全に殺すつもりじゃねぇか」


 そんな威力、並の人間なら跡形も残らず木っ端微塵になるだろ。


 さてと。

 俺は一息吐き、サニーを見据える。


「サニー。聞きたいことがある」


「なんだ」


「あんたのその力。なんだ? スキルでもない。魔法でもない。神族の権能でもない。見当もつかない力だ」


「おかしなことを言うな。ロートス」


「なに?」


「お前も同じ力を使っているだろう」


「……どういうことだよ。詳しく話せ」


 〈妙なる祈り〉と同じ力だと? そいつは聞き捨てならないな。


「俺はスキルに恵まれていた。神スキル『バスターブレイド』を持っている。職業は『ウォリアー・ファースト』だ」


 すごいのかすごくないのか分からないが、たぶんかなりすごいんだろう。


「だが、スキルだけに頼った戦い方じゃ、自分より強いスキルを持つ相手には勝てない。だから俺は魔法も学んだ。スキルでは得られない技術や戦い方を学んだ。鍛練も人の数十倍やったし、実戦では何度も死にかけた。その中で辿りついた境地が、これだった」


「どれだよ」


「意志の力だ」


「あっ……なるほどな」


 なんとなく理解できてきた。


「いいかロートス。人間には生まれ持った力がある。誰しもが命の中に、最高の輝きを持っているんだ。それを見出せるかどうかは、その人間の生き方にかかっている」


「わかるよサニー。つまるところ、あんたは自力でエストの呪縛を克服したんだな。まさか、そんな奴がいるとは、夢にも思ってなかった」


 世界は広い。

 俺が頑張らないと全人類がエストに運命を縛られたままだと思い込んでいたのは、単なるうぬぼれだったかもしれない。

 事実、サニーみたいな奴がいるんだから。


「強靭な意志の力は、人を変える。その人間が持つ真の力は、その精神性から発露するものだ。だから俺はスキルを使わないし、職業も名乗らなくなった。神から与えられるスキルも職業も、偽りだと気付いたからだ」


「あんた、すごい奴だな」


 俺がいろんな人から教えられて知ったこの世界の真実に、こいつは努力でたどり着いている。

 英雄ってのは、こういう人間のことを言うんだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る