第322話 救出

 そう思っていたのだが。


(見事だよ。完敗だ)


 クリスタルへと振り返った俺の頭に、そんな一言が響いた。

 完全に消し去ったはずなんだけどな。


「まだ死んでねぇのか」


(僕ら超越者に、死という概念はないよ。それはキミが一番よくわかっているんじゃないのかな? まぁ、依り代がこの状態じゃあもはや現世に干渉することはできないけどね)


 転がった歯車が、灰となって霧散していく。


(ボクの『ホイール・オブ・フォーチュン』じゃあ、キミの『妙なる祈り』には勝てなかった。アプローチの違いから、こんなに差が出るとはね)


「どういうことだ?」


 こいつは俺の『妙なる祈り』についてなにか知っているらしい。だったら、聞くしかないよな。実のところ俺の力が、一体どういうものなのか。


(僕のは神の力。キミのは人の力。運命に干渉するという点で同じに思えても、根本的にモノが違う)


「どう違うかを話せってんだ」


(想いが詰まっているか否か、ということさ)


 歯車の体積はどんどん小さくなっていく。もうほんの一欠片しか残っていない。


(神が不要と断じ放棄したもの。人がどうしても捨てきれなかったもの。その全てが『妙なる祈り』に詰まっている)


 そして、歯車は消滅する。


(キミもいずれ分かる。先に行って待っているよ。ロートス)


 そして、今度こそマシなんとか五世はこの世から完全に消滅した。


「勝ったってのに、なんか拍子抜けだな。達成感がねぇ」


 この『妙なる祈り』は、エンディオーネから貰ったチートかと思っていたが、案外そうじゃないのかもしれない。

 ますます謎は深まるばかり。

 いや、違う。これは謎なんかじゃない。

 今の俺には、なんとなくだが理解できる。『妙なる祈り』なんて大層な名称がついちゃいるが、結局のところこれは強靭な意思を指すんだと思う。

 決意とか、誓いとか、願いとか。そういったものが現実の現象として顕れる。世界に影響を及ぼす。


「人の力……ね」


 運命は自身の行動によって決まる。

 そして行動の源泉は人間性にある。

 あるいは『妙なる祈り』というのは、本来誰しもが持つ力なのかもしれない。

 神によって封じられたその力は、今では異世界人である俺だけが持ちうる。そういうことなのだろう。


 まぁ、小難しい話はもういい。

 これでサラを取り戻せるんだ。結果として俺は目的を果たしている。それがすべてなんだからな。


「サラ。だいぶ待たせちまったな」


 琥珀色に輝くクリスタル。その中で膝を抱えて眠るサラに、手をかざす。


「いま出してやる」


 俺は強く念じる。ファルトゥールの力を抑え、サラが元の状態に戻れるように。必ずそうなる。そうするのだと。一片の疑いなく信じ切る。

 その想いが定まった瞬間。

 琥珀色の光は白い閃光へと変わり、『臨天の間』を照らした。

 クリスタルが溶けていく。まるで氷が水になるように、その形を球体へと変えた。

 液体となった魔力は、ゆっくりとサラの内部へと還っていく。


 やがて白い閃光が消え、場に静寂が訪れた。

 床に横たわったサラを見て、俺は安堵する。


「……やっと」


 助けることができた。

 俺の大切な従者を。

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