第262話 逃げられない!

「なんだこりゃあ」


 完全に先手を打たれている。これじゃ逃げられない。


「言ったはずですぞ。貴殿がとれる方策はすべて把握していると」


 エルゲンバッハが部屋に入ってくる。


「残念ですが、貴殿らにはここで死んで頂く」


「ふざけんな……!」


 くそ。

 どうすればいい。

 どうすればこの状況を打開できる? わからねぇ。


「某が動いた時点で、勝負は決していたのです。ロートス殿、貴殿がこの場にいたことも想定はしておりましたからな」


 兵士達がぞろぞろと部屋になだれ込んでくる。広い部屋だが、これだけの人数だとぎゅうぎゅうだ。隙間なく包囲されてしまった。


「ロートス……ねぇ、これって。どういうことなの?」


 床に座り込んだエレノアが呟く。エレノアの腕に抱かれたマホさんは、すでに意識を失っているようだ。

 正直この状況、俺もほとんど理解できていない。

 それだけに、このまま黙っているわけにはいかないんだ。

 俺は別に死んでもいいが、みんなを殺させてたまるかってんだ。


「フンッ――!」


 何の前触れもなく、エルゲンバッハが手をかざした。同時に、凄まじい衝撃が俺の体を襲った。肉体がバラバラになるダメージだった。


「ほう……?」


 エルゲンバッハはほんの少し驚いているようだ。

 俺は振り返り、みんなの無事を確認する。


「某の『激震』を受けて生きているとは……感服しますぞ」


 エルゲンバッハは余裕そうに頷く。


「いち早く察知し魔法障壁を構築した『大魔導士』殿は流石といえる。そしてそちらのスライムのお嬢さんも、インパクトの瞬間に肉体をスライムに戻すことで振動を無効化した。ロートス殿は……」


 俺は、なんだろう。


「お嬢さん方の盾になり、一度死にましたな。貴殿の肉体が我が『激震』を緩和しなければ、今頃みな死んでいたでしょう」


 ええ?

 今そんなことが起きてたのか。

 というか、俺死んでたのかよ。あれか。エンディオーネの加護が発動したってわけか。


「不死身というのはまことらしいですな」


「だから言うたやないか。あいつは殺しても死なんバケモンや。ゾンビやでほんま」


 ゾンビか。

 言いえて妙だな。

 転生して異世界に来ること自体、ゾンビみたいなもんかもな。


 ルージュが前に出てくる。


「おっさん。ここはわてに譲ってもらうで。因縁があるさかいな」


「よかろう。手早くな」


「まかしとき!」


 ルージュは槍を構え、じりじりと距離を詰めてくる。


「ロートス! どいて!」


 エレノアの声。俺はとっさに身をかがめる。


「フレイムボルト・トライデント!」


 鋭い詠唱と共に、炎の槍が三つの軌跡を描いてルージュに飛翔する。

 直撃。

 当然、効果はない。


「そんな、どうして……!」


 驚くエレノアに、俺は首をふるしかない。


「わての『リリィ・フォース』は、女の攻撃を無効化すんねん。悪いけど、あんたの攻撃は届かへん。無限の魔力を込めた究極魔法でもな」


 相変わらずインチキなスキルだ。


「おりゃ!」


 ルージュが俺の脇をかいくぐり、槍の切っ先を使いエレノアの腕を切り裂いた。苦悶の声が部屋に響く。


「おい! てめぇ!」


 俺はルージュに向けて蹴りを繰り出すも、簡単に避けられてしまう。


「フレイムボルト!」


 苦し紛れに放ってみるが、それも槍の一振りで相殺されてしまった。


「クソやな。男の攻撃といっても、そんなんじゃ何の意味もあらへんわ」


 くっそ。

 どうすりゃいい。

 俺がなんとかしなきゃならねぇのに。

 クソスキルしか持たない『無職』には何もできないのか。


「まぁ、脅威になりえるとしたらあんただけか。となれば、まずはあんたから死んでもうわ。ロートス・アルバレス」


 槍を向けられ、俺は一歩後退る。


「こないだみたいにスライムの鎧着られてもかなわん。みんなは後ろの女どもをおさえてといてや!」


「了解です! 姉さん!」


 兵士達が武器を手にアイリスとエレノアを狙う。

 まじかよ。今気づいたが、こいつら路地裏で俺を襲撃した冒険者じゃねぇか。


「ゲームオーバーやな。往生せいや! 『無職』がぁっ!」


 そして俺の視界は、真っ黒に染まった。

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