第210話 チェイサーだ

 戦火を避け、俺達は村を飛び出る。


「ロートスくん、飛ぶよ!」


 ルーチェが叫ぶ。

 待って。飛ぶってどういうことだ。

 それを聞くよりも早く、ルーチェは俺の手を取って大地を蹴った。


「うおぉっ」


 不可思議な浮遊感。

 無重力空間に行くとこんな感じなのかな。自分の体から重さという概念が消滅したかのような感覚。ルーチェに手を引かれ、俺は高く宙を舞う。


「これは……魔法なのか?」


「ううん。違うよ。私、魔法使えないし」


「じゃあ、スキルか?」


「似て非なるもの、かな?」


 魔法でもスキルでもないのか。どういう能力なんだ、それは。

 飛行する俺達の眼下に、高速で走るバカでかい馬車の姿がある。馬車から放たれる魔導の光が周囲を照らしているせいで、どこにいるかは丸わかりだ。


「いたね」


「あの中にサラが。ここからどうする?」


 見つけたがいいが、どうやってあれを止めるんだ。

 攻撃するにしても、中にいるサラの安全を保証しないと始まらない。


「馬車は馬がいないと動かないからね」


「馬を殺すのか?」


「それじゃかわいそうでしょ? 馬車から馬を切り離すだけでいいの」


 たしかに。しかし、そんな精密な攻撃ができるのかよ。少なくとも俺には無理だぞ。

 ルーチェも魔法が使えないなら、それができるとも思えない。

 突然、ルーチェが俺の手を離す。


「お、おい」


 空中で掴むものがなくなると、途端に心細くなった。

 ルーチェは再び、両手の指先を合わせて目を閉じている。


「うん、大丈夫。もう来るよ」


「来るってなにが――」


 言い終わるより早く、頭上に影が差した。

 見上げると、そこには巨大なドラゴンが飛行している。


「こりゃあ……」


 間違いない、アイリスだ。


「ロートス! 無事っすか!」


 そして聞こえたのはウィッキーの声。


 そういうことか。

 理由はわからんが、ルーチェはこいつらが来ることが分かっていたんだな。


「ウィッキー! 下にいる馬車を止めろ! 馬と馬車を切り離すんだ!」


「らじゃーっす!」


 ウィッキーがアイリスから身を乗り出す。

 そうだ。ウィッキーはファイアフラワードラゴンを討伐した時も超長距離からの精密な狙撃を成功させている。これくらい朝飯前だろう。


「クレセント・レイ!」


 その予想の通りに、ウィッキーの両手から射出された光の刃が、馬車と馬を繋ぐ縄と連結部を切断した。上空から撃ちおろしたにもかかわらず、切断後も地面に直撃しなかったのはウィッキーの魔法制御のなせる業だろう。


「でかしたウィッキー!」


「とーぜんっす!」


 よし。


「ルーチェ」


「うん。降りよう」


 俺達は近づいてきたアイリスに掴まり、その上に乗り込む。

 そして、急降下。

 サラを乗せた馬車へと一気に肉薄した。


 速度を落としていく馬車の真上までやって来ると、アイリスがその大きな鉤爪で馬車を捕まえる。そして上昇。

 意外と簡単に、馬車を捕獲することができた。


 やったぜ。

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