第176話 ガチギレ

 半日かけて王都に到着し、一直線に自宅へ向かう。

 だが、なにやら街の様子がおかしい。


「なんだ?」


「どうやら火事のようじゃな」


 街で火事が発生すると、専用の鐘が鳴り響く。今はその耳障りな音が打ち鳴らされていた。


「マスター、あの方向は……」


 消火隊や野次馬が集まっていくのは、まさに俺の家の方角だった。


「いや、まさかそんなことは……ないだろ」


 だが、あったのだ。


 帰宅した俺の目に映ったのは、燃え盛る我が家だった。

 周囲には野次馬。豪邸は燃えていないところがないというほどに、轟々と炎を巻き上げている。


「おい……ウソだろ……?」


 呆けていたのも一瞬、俺は半ば反射的に駆け出していた。


「サラ! ルーチェ!」


「マスター! お待ちを!」


「危険じゃぞ! ただの炎ではない!」


 俺の右手をアイリスが、左手をアカネが掴む。


「離せ! 助けに行かねぇと!」


「たわけ! 助けたいなら冷静になれ! 闇雲に飛び込んでも無意味じゃ!」


「どうしろってんだよ!」


 貰い物の家がどうなろうと知ったこっちゃないが、中にはサラとルーチェがいるんだ。あいつらは俺の従者だぞ。主人が助けに行かずしてどうすんだ。


「魔法で作られた火炎じゃ。水では消えんし、自然に消えることもない。あの家が燃え尽きるまで待つしかない」


「ふざけんなって」


 こうしている間にもサラ達が死んじまうかもしれないんだぞ。


「安心せい。わらわに任せておけ」


 アカネは俺の頭はぱしんと叩くと、一足飛びで燃え盛る豪邸の業火の中へ飛び込んでいった。


「マスター、今はあの方に委ねましょう」


「けど……!」


 アカネなら何とかしてくれるかもしれないが、やっぱり俺も行った方が。


「意外と遅かったやん。帰ってくるんが」


 その声は、すぐ近くから聞こえた。

 野次馬の中に混じって、ごつい鎧に身を包んだ長身の女が、俺を見下ろしていた。


「遅かった、だと? 誰だ、お前は」


「おたくの家に火を放った張本人や」


「なんだと? てめぇ!」


 俺は手を伸ばしてそいつを掴むとするも、野次馬が多すぎて阻まれてしまう。


「ロートス・アルバレス。冒険者ギルドで待っとるで。ほな」


「待ちやがれ!」


 俺の叫びは野次馬の喧騒に紛れてしまう。

 真っ赤なポニーテールを靡かせる鎧の女は、人ごみに消えていった。


 ギルドだと……? どういうことだ。

 まさかこの火事、冒険者ギルドの仕業だってのか。


 直後、アカネが燃え盛る豪火から飛び出てくる。


「ロートス! 中には人っ子一人おらんぞ!」


 なんだって?


「マスター。もしかすると、サラちゃんとメイド長はギルドにかどわかされたのでは」


「……可能性はあるな。アカネ。家の中は全部見たのか?」


「くまなくな」


 よし。


「ギルドに向かう。俺の従者に手を出した罪を償わせるぞ」


 まじで。

 許さん。


 アデライト先生だけでなく、サラとルーチェにまで。


 それまでずっと黙っていたセレンと目を合わせる。


「セレン、こうなっちまった以上、俺はギルドを許せねぇ。これ以上は、もう後戻りはできないぞ」


「かまわない」


 セレンの目には、力強い意志が宿っている。

 俺は大きく頷く。


「ついてこい。最後までな」


 こうなったら、徹底的にやってやるぞ。

 妥協はなしだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る