第133話 ファーストなんとか
「ろ、ロートス?」
懐かしい香り。俺の脳裏に、平和だった村の景色がよぎる。
だが今は郷愁に耽っている場合ではない。
「いいかエレノア。よく聞け」
エレノアの華奢な身体を抱きしめ、その柔らかさに内心驚きながら、俺は言葉を吟味する。
「人生、勝つこともあれば負けることもある。適当にやってても上手くいくこともあれば、どれだけ苦労しても報われない時だってあるだろう。でもそんなのは些細なことだ。一時の勝敗に一喜一憂するんじゃなくて、その先にある大きな目的を見据えるべきだ。目の前の課題をクリアすることも大切だけど、それに囚われて自分を見失ってちゃ世話ないぜ」
「ロートス……あなた」
「途中でいくら負けようが、最後に勝てばいいんだ。誰かをぶったおすって意味じゃないぞ? 最後に勝つってことは、自分に勝つってことだ。胸を張って生きるってことなんだよ」
ちなみに俺の目標はまず目立たず平穏に生活すること。お金がたくさんあればなお良し。美女に囲まれていれば最高だ。言うことがない。
「まぁ、目の前の勝負に執着するなとは言わんが、より広い視野を持てば見えてくる景色もあるはずさ。新しい知恵もでてくるだろう」
んん。俺も自分でなにが言いたいのか分からなくなってきた。
「とにかく! 元気出せってこった。お前は強いし、賢い。本気になればできないことなんてない。俺が保証するぞ。たかが『無職』の保証だけどな」
今一度強く抱きしめ、俺はエレノアから体を離した。
「ロートス」
エレノアは仄かに頬を紅潮させ、見慣れた微笑みを浮かべていた。
「ありがと」
完全に不意打ちだった。
エレノアが俺の唇を奪っていた。
柔らかい感触。まるでマシュマロと形容しても過言ではない。
俺の思考が停止する。
咄嗟に『偽装ED』を発動し、愚息を抑え込むことしかできなかった。
何十秒経っただろうか。エレノアは静かに俺から離れる。
「ふふ。キス、しちゃった」
恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑むエレノア。
いや、なぜこのタイミングで。俺も訳が分からない。
呆気にとられる俺の頬を、エレノアの細い指が突っついた。
「ヘンな顔」
「誰のせいだ」
「ビックリした?」
「かなりな」
本当に意味がわからない。
「べつに。ずっとしたかったことを今やっただけよ。特に深い意味は……まぁ、あるかな」
まいったな。まさかこんなことになろうとは。
二人の間に何とも言えない空気が訪れる。けれど不快ではない。むしろ不思議なくらいの幸福感があった。
エレノアは再び俺の肩に頭を乗せる。
沈黙が、牢獄を飛び交っていた。
「これは、尊いでやんす」
どこかから声が聞こえた。
「これは……尊いでやんす!」
鉄格子の隅っこから、小さなエルフがこちらを覗いていた。
うわ、またなんか現れやがった。
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