第132話 人の心は常に移ろう

 エレノアの溜息は、安心したような、あるいは自嘲するような、そんな微妙なニュアンスだった。


「恥ずかしいところ、見られちゃったわね」


「なにが?」


「牢屋に捕まってるところなんて、絶対見られたくないじゃない」


「そうか? それを言うならお互い様だろ?」


「そうだけど。私の方が先に入ってたでしょう?」


「関係ないだろそんなの」


 こんな感じで取り留めのない話をするのも懐かしい。


「天下の『大魔導士』も、これじゃ形無しね」


「自分を卑下するな。お前の努力はちゃんと知ってるさ」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどね。あなた、村を出てからの私を知らないじゃない」


 知ってるんだなこれが。

 イキールと口論してるのも、ダンジョンでの奮闘も、アイリスとの決闘も、図書館での勤勉な姿も。


 決してストーカーではない。たまたまだ。


「ねぇロートス。ちょっとだけ、弱音吐いてもいい?」


「……ああ」


 肩にエレノアの重みを感じながら、俺は石造りの天井を仰ぐ。


「私ね。魔法学園に行ったら頑張って勉強して、いっぱい魔法を覚えて、立派な魔法使いになるって心に決めてたの。学園での成績もいつも上位にいて、みんなが憧れるような優等生になれると思ってた。だって私のスキル『無限の魔力』よ? 魔法を使うには一番役に立つんだから、そんな期待を抱くのも無理ないじゃない?」


 エレノアは淡々と、それでいて祝詞のように言葉を紡ぐ。


「でもね、世界は広かったな。私なんかよりずっと強い子がいて、どれだけ頑張っても勝てなくて。正直ね……自信なくしちゃった」


 あれは相手が悪かった。アイリスはモンスターだ。しかも突然変異的なバカみたいに強力なスライムだぞ。スキルまで持ってる。


「それで焦って、近道しようとして、こんなところに捕まっちゃった。ほんっとバカよね。私って。情けない負け犬だわ」


 うーむ。拗らせてるな。


 神スキルを持つエレノアは、周りから羨望の眼差しで見られ、それ以上に嫉妬の目を向けられることも多いだろう。優れた才能があるからといって、思い通りの人生を送れるとは限らない。


 それはこの世の真理なのか、それともエレノアが運命を操作されたからなのか。


 どちらだろうと、エレノアがこれくらいで腐るような弱い女じゃないことは知ってるが、誰の助けも励ましもなく進み続けられる人間はいない。


「あはは。ごめんね。こんな時に暗くなるようなこと言っちゃって」


 ほのかに潤んだ目をこすり、愛想笑いを浮かべるエレノア。

 俺はそんな彼女の肩を掴み、正面から見つめる。


「あ……えっと。どうしたの?」


 そして俺は、戸惑うエレノアを強く抱きしめた。

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