第124話 旅立ち、あるいは出立、または門出

 出立の日は間もなくやって来た。


 やることが多いと、三週間なんてすぐ経過する。日々の学園生活に追われつつ、魔法の研鑽に没頭する。また、冒険の心得も学ぶ必要があった。三週間では短いくらいだ。圧倒的に時間が足りない。


 俺はアイリスを伴い、住み慣れ始めてきた我が家を出ようとしていた。


「ルーチェ、サラ。しばらく留守を頼むぞ」


「うん、任せて。しっかり家を守っておくから」


 ルーチェが笑顔を浮かべる。

 対して、サラはどこか不服そうで、そして不安げであった。


「ご主人様、やっぱりボクを連れていってはくれないんですね」


 上目遣いを受けて、俺は後頭部をかく。

 こればかりは仕方ない。


「危険なミッションだ。俺も自分の身を守るので精一杯だろうし、お前に何かあったら俺は自分の無力を一生恨む。ここは堪えてくれ」


「……はい」


「サラ。主人のいない間に家を守るのも、立派なお役目よ?」


「それは、わかってますけど」


 寂しさを感じるものは仕方ない。それだけじゃなく、俺の身を案じてくれているのだ。


 俺はサラの頭を撫でて、ぽんぽんと叩く。


「心配するな。むしろ楽しみにしてろ。エリクサーを手に入れたら、シーラって人を治せるんだ」


 サラは俯いて、俺の服の裾をぎゅっと掴む。そして、俺の腰に強く抱きついてきた。


「ご主人様、ありがとうございます。『無職』のくせに、ここまでボクのことを考えて下さるなんて……」


「いま俺の職業は関係ないだろ。笑っちまうからやめろ」


 俺はその存在を確かめるように、サラを抱きしめ返した。


「アイリス。ロートスくんをよろしくね。ちゃんと守るのよ?」


「お任せを」


 ルーチェの言葉に、アイリスが頷く。


「わたくしの命に代えても、必ずマスターをお守りいたしますわ」


「ん、よろしい」


 アイリスの強さは折り紙付きだ。こいつが一緒にいれば大抵のことは大丈夫だろう。


「じゃあ、行ってくる」


 名残惜しくもサラと離れ、俺は旅立つ。


「ご主人様、お気をつけてっ」


「いってらっしゃい」


 サラとルーチェは、俺の姿が見えなくなるまで、ずっと見送ってくれていた。


 さて。


 ここから、本当の意味での冒険が始まるんだな。


 俺は一抹の不安を覚えつつも、内心でワクワクしていた。

 ファンタジ―世界で冒険っていうのは、胸を躍らせるに値するイベントに違いない。


「マスター? 笑っていらっしゃるんですか?」


 アイリスに指摘され、俺は初めて自分が笑んでいることに気が付く。


「さすが、肝が座っておられますわ」


「はは。別にそういうわけじゃない」


 ただ俺が、単細胞ってだけだろうさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る