第113話 不思議な人

 その日の晩。


 冒険者ギルドに向かおうと家を出た俺は、そこでセレンを見つけた。

 塀に背を預けてパンをかじる彼女は、俺に気付くともぐもぐと咀嚼を急ぐ。


「よお、どうした?」


 慌ててパンを飲み込み、セレンは目を閉じて胸のあたりをトントンと叩いている。

 それからようやく楽になったらしく、何事もなかったかのように俺を見上げた。


「……待ってた」


「いつから?」


「ずっと」


「呼び鈴を鳴らさなかったのか?」


 セレンは頷く。なんでだよ。中に入ればよかったのに。


 彼女にはすでに今朝のギルドの件を話してある。俺が勲章と階級を蹴ってエリクサーを探しに行くことも含めて。

 それを聞いたセレンはやはり無表情だったが、なにやら思うところがあるみたいだった。S級を目指すセレンからすれば、俺が簡単にA級の座を手放したことが複雑に思えるのかもしれない。


「私も一緒に行く」


「ギルドにか? こう言っちゃなんだが、エリクサーの件は俺の個人的な話だ。危険だし、セレンには何のメリットもないぞ」


 ふるふると首を横に振るセレン。


「私達は、パーティだから」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどよ。昨日組んだばっかりの相棒を巻き込むわけには……」


 他人の運命を変えてしまう体質のことが頭に浮かぶ。今まさに、セレンの運命も変わりつつあるんじゃないだろうか。


「あなたといると、S級が近づく気がする。情だけじゃない。ちゃんと打算もあるから心配は無用」


「はは。こりゃ参ったな」


 そう言われてしまえば、断るのも逆に悪い気がする。


「わかった。一緒に行こう。途中でアデライト先生も合流する」


「先生も?」


「ああ。フィードリットと知り合いらしくてな。あの人も首を突っ込んできた」


「そう」


 俺達は二人で歩き出す。夜風が涼しくて気持ちいい。


「あなたって、不思議な人」


 不意にセレンがそんなことを呟いた。


「ん? そうか?」


「そう」


「不思議ねぇ……どういうとこが?」


「少し前まで、わたしにとってアデライト先生は雲の上の存在だった。でも、あなたと一緒にいるとあの人まで近くになる」


「まぁ、人の縁ってのは確かに不思議だよな」


「それだけじゃない。『ドラゴンスレイヤー』やA級を辞退したり、従者のためにエリクサーを探そうとしたり。身も蓋もなく言えば、あなたは普通じゃない」


「そうかな」


 そのあたりは現代日本人の感覚だからなのかもしれない。

 転生者である以上、純粋なこの世界の住人とは感性が違うのも当然と言えるだろう。


 あとは、ヘッケラー機関に弄られた運命のせいもあるのかもな。


「こんばんは。ロートスさん、セレンちゃん」


 ギルドの入口付近で、アデライト先生が俺達を待っていた。眼鏡をちょんとあげると、にこやかな笑みを向けてくる。


 セレンが微妙に居住まいを正したような気がした。


「さぁ、中へ入りましょう」


 アデライト先生の先導でギルドへ。


 よっしゃ。

 サラとウィッキーの仲直りのため、一肌脱いでやるか。

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