第100話 討伐完了

 二体のドラゴンは血走った眼で俺を見下ろし、その口に青い炎をくゆらせた。


 青い炎は赤い炎より熱いんだっけか。ドラゴンのブレスにそんな法則があてはまるのかはわからないが、俺の精神力を削り取るには十分な色合いだ。


「いいのかよ。俺ばっかり気にしやがって」


 俺は、親ドラゴンの後方に横たわる子ドラゴンを指さす。


「可哀想だが死んでるぜ。そいつ」


 ドラゴンが人語を理解するのかはわからない。だが、親ドラゴンは二匹とも子どもに視線を移した。


 その瞬間。俺は『フェイスシフト』を解除する。

 俺が放っていた圧倒的な存在感が消滅。思い切ってドラゴンの足元へと滑りこんだ。


 もちろん、子ドラゴンは生きている。異変を感じた親ドラゴンは俺がもといた場所に振り返るが、すでに俺はそこにはいない。


 狙い通り。ドラゴン達は、完全に俺を見失った。


 当然だ。今まで大きかった存在感が急に消えたのだ。存在感の大きな落差によって、ドラゴンの目には俺がいなくなったように見えているだろう。昼間ならいざ知らず、暗闇の中では効果は抜群だ。


 どうだ見たか。クソスキルも使いようなのだ。


 とはいえ、俺はドラゴンの足元で息を殺すしかできない。隠れたところで、攻撃手段のない俺には何もできない。見つかるのも時間の問題だろう。


 やばい。もうダメだ。おしまいだ。


 とは、ならない。


 俺はアデライト先生の好意を信じると決めた。彼女の愛が保身の口実ではなく、嘘偽りない真実であると。

 だから見てるはずさ。『千里眼』のスキルで、窮地に陥った俺の姿を。


 ドラゴンが、俺を見つけた。


 改めて殺気が膨れ上がる。このまま何も起きなければ、数秒後に俺は死ぬ。


「信じてるぜ……アデライト先生」


 思わず呟いてしまった。まるで祈りを捧げるように。


 そして。


 次の瞬間、親ドラゴンの頭部が見事に爆散した。


「おわっ!」


 ガスボンベが破裂するような音と共に、頭上からドラゴンの血やら目玉やら肉片やらが落下してくる。うわぁ、気持ちわりぃ。

 下顎だけ残った頭部から、青い炎が上空へと放出された。


 転生前に見た工場の煙突みたいになってるな。


 やがてその炎も打ち止めになり、二体のドラゴンは力なくその場に倒れ伏した。


 俺は下敷きにならないように、慌てて飛び退き、ゴロゴロと無様に地面を転がる。


「うへぇ」


 無事生き残ったのはいいが、全身が汚れてしまった。

 腕にへばりついたこれは脳みそか? 率直に言って気持ち悪すぎるだろ。


 長く深いため息を吐く。信じられないくらいどっと疲れたわ。


「ご主人様! ご無事ですか!」


 背後から聞こえたサラの呼び声。


 あいつ、戻ってきたのか。逃げろと言ったのに。


 俺が振り返ると、草原の暗がりから、サラやセレンをはじめとして何人もの人影が現れた。ごつい装備に身を包んだ屈強な男女たちは、おそらくギルドの冒険者だろう。


「援軍を寄越してくれたんだな。サラ」


「ご主人様……」


 俺の姿を見て驚いているのはサラだけではない。

 おそらく上級の冒険者達も同様だった。


「ファイアフラワードラゴンの成体二体を狩っただと? たった一人でか」


 大剣を背負った男が感心したように言う。


「その若さで、末恐ろしいわね。ハナクイ竜のつがいなんて、B級がフルパーティを組んでやっと相手にできるレベルなのに」


 どでかい弓を携えた露出度の高い女性が、何度も頷きながらそう続けた。


「こりゃ、大型新人の登場かぁ? 俺達もうかうかしてられねぇぜ!」


 短髪で顔に傷のあるマッチョマンが豪快に笑い声をあげた。


 ああ。もう目立ってるわ。もうだめだわ。


 全身は気持ち悪いわ、目立つわ、死にかけるわで、踏んだり蹴ったりじゃねぇか。


「サラ。セレン。ケガはないか」


「へいき」


「ボクも、傷一つありません。ご主人様のおかげですっ」


 そうか。ならいい。

 俺も命を賭けた甲斐があるってもんだ。


「サラ」


「はい?」


「何よりもまず、風呂に入りたい。臭いもひどいだろ? とっとと帰ろう」


「はいっ。お背中流しますね!」


「ああ、頼む」


 俺達のやりとりを聞いたセレンが、すっと顔を背けた。


「混浴……?」


 セレンの静かな呟きは、夜の闇へと溶けていく。


 こうして俺達の初依頼は終わりを告げた。

 後の処理は上級冒険者たちに任せて、俺達は王都へと帰還したのだった。

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